あつ子の日記
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| 2003年05月12日(月) |
お疲れ!!父上!!兄上!! |
今朝からずっと足がつってます。 あともう少し、ふくらはぎに力を入れたら 「ピキンッ」って言いそうなくらい、危険です。 土曜日、日曜日とずーーーっと歩き続け、 もう、私の足は棒状態です。
土日は両日とも、神田祭に出かけておりました。 土曜の10日は、故郷の「相馬野馬追」祭りが 付祭として、やってきて、これに我が家の父上と兄上が 出陣するということで、母上が福島から出て参りました。 そしてバカ親子が勢ぞろいしてしまったわけですが、 「相馬野馬追」というお祭りに改めて感動しました。 是非、このお祭りを皆さんに知って頂きたいと思いました!!
父上も兄上も、この日2:00前に日本橋三越店に入りました。 そして、6階の控え室で着替えをさせて頂き、兄上は陣羽織、 父上はタツキ(字がわからん)という着物を着て、 控え室まではエレベーターで来たのに、 帰りはエスカレーターで外へ出る!!という目立ちたがりやの 父上に連なって、私もお手伝いしてました。
当たり前ではありますが、三越のたくさんの視線を浴びながら 意気揚揚と時代の違う服を着て、エスカレーターを降りる父上も、 昨年から「相馬野馬追執行委員長」という役を付けて頂き、 今回の神田祭でのお行列では、相馬藩の代表として、 日本橋三越前にて、東京の皆様に、ご挨拶をさせて頂きました。 スピーカーのボリュームが小さくて、何を言っているのか さっぱり分かりませんでしたが、一生懸命頑張りました。 そして民謡全国大会優勝の方が「相馬流山」を歌い、 副軍師の騎馬武者が、今回の長である父上に対し 「執行委員長殿にご報告致します!!」 ってな感じで「出陣の報告」という ものを武士の言葉で、もの凄く大きな声で、あの大通りいっぱいに 響かせてくれました。観客の皆さんは圧倒されて聞いており、 報告が終わると同時に、盛大な拍手を下さいました。 これには私も鳥肌もんでした!!
そして、すぐさま螺役によってほら貝が3つなり、 「いざ出陣!!」って感じで、行進しました。
今回8人の騎馬武者が東京に来ました。 馬はちゃんとそれぞれ自分の馬を福島から運んできました。 なので5時間以上も車に乗せられた馬たちはヘトヘトです。 行列が始まる前、一頭の馬が貧血を起こしてしまい、 倒れてしまいました。なので7騎で出陣しました。 時間が経ってその馬も元気になり、当初馬に乗る予定でなかった父上が 秋葉原の休憩所から神田明神まで、その馬に乗ることになりました。
そこからがクライマックスで、もの凄くかっこ良かった!! いい感じに日が暮れ始め、辺りは秋葉原特有のネオンが光り、 ほら貝が3つ鳴ると、父上が 「参れ参れーー!!」と気合を入れます。 そして後ろに連なる騎馬武者たちが、大きな声を上げながら 進み始めます。 超かっこよかった!!神田明神の坂道ではスポットライトを浴びながら、 風が騎馬武者達の背中の旗をなびかせてくれて、 本当に時代絵巻物のように見えました!! 勇ましくそして美しくやってくる相馬藩は たくさんの観衆の大きな拍手に出迎えられ、 無事、平将門公が神祭である神田明神を 参拝出来ました!!
前日、父上は相馬藩の総大将殿の軽井沢の別荘にご招待されており、 相馬野馬追について多くを語り、その足で東京へ来て、 神田明神を参拝したことに、「何か感慨深いものがある」 と申しておりました。
大手町に平将門公の首が葬られている、「将門塚」通称「首塚」 というのがあります。私は今度そこへ相馬野馬追の発展とみんなの無事を祈願しに 参拝に行って来ようと思います。
「相馬野馬追」というお祭りを私は心から誇りに思います。 相馬の里に生まれたことに感謝したいと思います。
そして、「相馬の女性は綺麗な人が多いのね!!」 と言ってくれた、観客のおばちゃん達!!大好きです!!
7月23.24.25日は 福島県原町市で「相馬野馬追」が行われます!! どうぞ、是非一度は遊びに来て下さいね!!
野馬追大好きの次男徹兄の生まれてくる赤ちゃんは、 7月24日が予定日です。そして男の子!! 名前には「馬」という文字がつくのだそうです!! また一人、我が家は武士が増えますよっ!!
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