2008年09月05日(金) |
誰が首相でも、問題は 「 あなた自身 」 |
「 あなたの人生の最高の数年は、自分の問題は自分のせいであると
観念したときであろう。
うまくいかないことで、母親や、環境や、あるいは国の指導者を
責めない。
あなたの運命を支配しているのは、あなた自身なのである 」
アルバート・エリス ( アメリカの心理学者 )
The best years of your life are the ones in which you decide your problems are your own. You don't blame them on your mother, the ecology, or the President. You realize that you control your own destiny.
Albert Ellis
人は皆、うまくいかない理由を、つい、自分以外のところに求めやすい。
だが、「 自分の問題は、自分のせい 」 であることが、大部分のようだ。
最近、「 ワーキングプア = working poor 」 という言葉が流行っており、直訳すると “ 働く貧者 ” だが、「 働く貧困層 」 という意味で使われている。
正規雇用でない就労者や、正社員でフルタイムに働いていても、人並みの生活水準が維持できない社会層のことを指す。
北朝鮮では、大半の国民が貧困に苦しんでいるが、そうした例は含まず、主に、豊かな先進国における 「 一部の低所得者層 」 を意味する言葉だ。
たとえば、日本の雇用慣行では、新卒として正社員の職を得られなかった場合、その後に安定した職業につくチャンスが少ない。
また、多くの企業が、人件費の安い海外へ生産基地を移したことで、賃金の高い正社員を雇用する機会が減ったことも、大きな要因となっている。
あまり注目されないが、戦後の日本人に豊かな生活を与えた功労者は、「 通産省 」 という役所の働きによるところが大きい。
彼らは、安価な海外製品の流入を阻止するために、高い関税をかけたり、高水準の品質基準を設けたりして、日本国内の生産者を保護してきた。
しかし、それが許されたのは、日本が貧しかった過去の話で、世界中から 「 経済大国 」 として認められるようになった現在、もはや通用しない。
国際社会の一員として、現在の日本には 「 自由貿易 」 の門戸を開放し、海外から製品を買ってあげる義務が課せられている。
そのような外圧だけではなく、日本の消費者にも、安くて良質な海外製品を購入する 「 選択肢 」 を求める声が増え、時代は大きく変貌した。
輸入や、海外生産が増えたことから、国内の労働力に対する需要が減り、必然的に、正規雇用への就労が困難化し、平均所得は減少した。
すなわち、過去と同じように努力しても、年々、条件の良い仕事に就くことは難しくなっているわけで、特に、若い人たちにとっては、受難の時代である。
運良く定職に就けたとしても、昔のように 「 作れば売れた時代 」 と違って、不景気なご時世で活躍するには、多くの努力と忍耐が必要とされる。
当然、組織で通用しない 「 脱落者 」 の割合が増え、そうなることを恐れて定職に就かず、自ら 「 非正規雇用の道 」 を選ぶ者の数も増えてくる。
これが 「 ワーキングプア 」 の急増した背景で、市場開放や規制緩和など、政府の決定も含まれるが、政治責任というよりは 「 時代の流れ 」 である。
労働者の視点からみても、誰もが 「 自由 」 に憧れ、「 個性 」 を重視した結果、各人の就業形態が多様化したという側面がある。
昔のように 「 滅私奉公 」 で企業に忠誠を誓い、社員総出で一致団結して死に物狂いで働くという光景は、いまや滅多にみられない。
身を粉にして働く人もいれば、仕事は二の次で趣味に没頭する人もいるし、まったく働かずに好きなことをして暮らす人もいる。
それぞれに自由で個性的だが、個性という言葉には 「 他人と違う 」 という意味が含まれていることを、けして忘れてはならない。
働き方が違っている以上、組織内での処遇や、報酬の面において 「 差 」 が出るのは当然で、それは 「 本人による選択の問題 」 なのである。
つまり、一流企業の正社員が羨ましいなら、学力、体力を鍛え、人格形成に励む 「 選択 」 を、学生時代から心がける必要がある。
万が一、正規雇用に就けなかったとしても、フルタイム ( 8時間 ) でなく、毎日、職場を掛け持ちして16時間ぐらい働けばよい。
これなら、時給千円として月に25日働けば 「 月収40万円 」 になるので、半分を貯金した場合、一年後には 「 240万円の貯蓄 」 が可能だ。
勉強もせず、体も鍛えず、長時間労働も嫌で 「 貧困は国の責任 」 と叫んでも、共感し、同調するのは 「 同じ穴の ムジナ 」 だけである。
貧乏な人は裕福な人を 「 傲慢 」 と思いがちだが、裕福な人は貧乏な人を 「 怠慢 」 だと感じることが多いのは、そうした理由に依る。
福田 首相 が辞めて、次期総裁が誰になるのか、あるいは、このまま与党に政権を任せておいてよいのか、様々な議論が飛び交っている。
けして 「 誰がやっても同じ 」 とは思わないが、所得格差の問題や、個人の豊かさについては、国の指導者が誰であれ、ほとんど影響はない。
いわゆる 「 自由 」 や 「 個性 」 と、「 平等 」 は相反する関係にあるので、格差、個人差を無くすためには、人々から自由を取り上げる必要がある。
実際、北朝鮮に行けば自由は無いが、国民は皆 “ 平等に ” 不幸であり、隣人との格差に悩むこともないだろう。
それが嫌なら、この国で努力して豊かになるか、怠けて貧困に耐えるのか、選択肢は他に無いわけで、指導者を責めても 「 時間の無駄 」 である。
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