Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2004年03月25日(木) 教育者の理性


子供の頃、将来の自分はどんな大人になるのか、あれこれ想像した。

中でも、「 おバカなままだったら、どうしよう 」 という不安は的中した。


体育会系だったので、学校の体育教師になる道もあったが、仲間の中では教職を選んだ者が、意外と少なかった。

こんな不況の世の中では、公務員は安定しているように感じるけれど、当時の感覚では、なんだかつまらないようにしか思えなかったのである。

それに、不謹慎な振る舞い、特に女子生徒に手を出すなどという不祥事を起こしてしまうのではないかという心配も、少なからず頭にはあった。

ひょっとして自分が、「 不謹慎でスケベなロリコン野郎 」 になってしまうと、それは大変なことだという不安が、教師という仕事から自分を遠ざけた。

結果的には、「 不謹慎でスケベだが、ロリコンではないね 」 という、まことに立派な大人へと成長したので、危惧するほどのことではなかった。


自他ともに認める硬派集団だった我々は、けして性的な欲求をあからさまにしない、専門用語でいうところの 「 むっつりスケベ 」 であった。

事実、女子と気軽に会話するのもためらうほどの状態で、暴発しそうな下心を抑え込むために、毎日が葛藤の日々を過ごしていたのである。

そんな中で、ただ一人 「 Y 君 」 だけは、異質の存在であった。

東京から転校してきた彼は、体力、根性ともに充実し、性格も良いという 「 ナイスガイ 」 であるうえに、女子にも臆することなく気軽に話ができた。

そんな彼をみて、我々は 「 チャラチャラしている 」 とか、軟派な奴だという陰口を叩きながら、内心では実にうらやましく憧れていたのである。


それは中傷めいた非難ではあったけれど、実際に彼は 「 女好き 」 であり、しかも浮気性の気質が強い 「 プレイボーイ 」 的な一面をもっていた。

その彼が、女子高の体育教師になるという話を知ったとき我々は、いつか彼が新聞紙上を賑わすのではないかという心配を、本気でしたのである。

何年か経ってから彼に会ったけれど、早々と結婚して ( 教え子ではない )、子供もでき、平凡だが幸せそうな家庭を築き、仕事も順調に続けていた。

彼の話だけではなく、偶然に、かつて彼の教え子であった女性の証言を聞くことができたのだが、どうも 「 評判の良い先生 」 のようであった。

生徒に人気があり、モテモテだが節度を乱さず、優しいという評判を知り、我々はなんだか安心したような、少し悔しいような、そんな気分だった。


セクハラの問題については、厚生労働省なども施策を進めてきたけれど、日本など 「 男女感 」 の固定概念が強い社会では、泣き寝入りが多い。

学校など教育現場でのセクハラは、アカハラ ( アカデミックハラスメント ) と呼ばれるが、これも閉鎖的、封建的な背景から、被害者が相談をし難い。

異性に魅力を感じるのは自然なことであり、たとえ相手が教え子であっても、恋心を抱く可能性は、まったく無いと言い切れるものでもない。

ただ大部分の人は、職業的倫理観や、自らの理性に基づいて行動するだろうし、他の生徒と平等に接することの妨げになる行為を、慎もうとする。

だから、そのような行為に走る人間は、特殊嗜好が強いとか、性欲が異常に強いというより、「 自らをコントロールする力 」 が脆弱なのではないか。


このところ、有名な演出家の 和田勉が女子大生にセクハラ行為をした事件が裁判沙汰に発展し、大きな話題となっている。

詳しくは知らないが、それは 「 女房と別れるから、一緒になってくれ 」 というほどの恋心ではなく、単なる 「 つまみ食い 」 の類なのだろう。

この件に関しても、加害者は理性を抑制する力が弱く、本来は社会の模範であるべき著名人としての責任に背く行為に及んだという見方もできる。

著名人という理由だけで、その人間性、良識などについて疑うことなく招聘した大学側も、安易に同道した被害者も、あまり理性的とはいえない。

損害賠償を払えという判決が下されたそうだが、けしからんので、苗字を 「 下利 」 に改名させるぐらいの刑事罰を与えてはどうか。
( お食事中の方、申し訳ございません )


最近、セクハラに関する実際の訴訟件数は増えているけれど、過去は被害を受けていても、明るみに出ないことが多かったのではないだろうか。

処罰を強化する手段もあるが、日本の場合は、性に対する意識や、文化的な風土を変えることで、被害が減少するように努めることが効果的だろう。

とかく日本人というのは、個人が強い精神力をもって、明確な意思表示をするということが苦手な一方、世間の風潮というものには影響を受けやすい。

日米間で比較すると、ご承知のように日本人というのは、特に前例のない案件などで個人が訴訟を起こすケースが極端に少ないのも事実だ。

理性を忘れて犯行に及ぶ加害者や、訴訟などの強行策をとり難い被害者もいるなかで、刑法を確立すれば問題が未然に解決するとは考え難い。


言葉の印象付けるイメージと、それを評価する社会の影響も大きい。

もっと、「 セクハラ 」 とか 「 ロリコン 」 という言葉に対して、世間の一般的な意識で 「 かっこ悪い 」 という印象が強くなれば、事件も減ると思う。

逆に昔と比べ、「 俺って、ロリコンだから 」 みたいに、堂々と言えて市民権を獲得してしまえている風潮も、テレビなどで耳にする機会が多い。

若者のドラッグなども、それが 「 格好いい 」 と思うか、逆に思うかの差で、世の中に蔓延してしまう危険をはらむように、これは大きな問題だろう。

それらの嗜好を全て 「 俗悪だから 」 という理由で禁止する必要はないが、人に知られたら格好悪いものだとは、印象付けたほうが望ましいと思う。






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