| 2006年04月22日(土) |
言葉を減らしすぎると人の心が見えなくなる |
-------------------- 「死ね」と言わなくなって10年。 「死ね」と心でも言わなくなるのはあと何年かかるかな。 --------------------松尾スズキ氏のブログより
この日のブログでますます彼に対する愛を深めた汐ですが(笑)、 まぁそんなことはさておき…。
「死ね」という発言について。
こないだのドラマ『ギャルサー』もそんなテーマでしたが。
汐、個人的には「死ね」と発言することが そんなに目くじら立てるほど悪いことだとは思ってなかったり。
「冗談でも言っちゃいけない」という言葉がありますが、 本当に冗談であるのなら、別に言っていいんじゃないのかな。
言われた人が間違っても本気に受け取る余地もないくらい、 まぎれもなく、明らかに冗談なのであれば。ですが。
『ギャルサー』のあれは良くなかったですけど。 発言者にとって冗談でも、言われた人を追い込む「死ね」だったから。 (そもそもあれは発言者にとっても冗談には見えなかったし)。
なにかとコトバだけにこだわり過ぎるのは、どうかと思うのです。
コトバを規制すればココロも規制される のかというと、全くそんなことはないだろうし。
テレビの世界では放送禁止用語をいくら増やしても 視聴者が不快になる下品なバラエティ番組は勢いを増していて。 工業の世界では「メクラキャップ」という品名が問題視されていて。
言葉を音としてしか聞き取れない人の見当違いな善意 が横行していて、笑っちゃうのです。
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