え〜。覆面やら仕事の急がしさやらですっかり日が経ってしまいましたが。
今日こそはゆず語りをしてやろうではないですか。
ということで。発売日に新曲「虹」を買ってました。
MP3プレーヤー(先日買いましたっ!)に落として、仕事のある日は通勤がてらに聴いて。めいっぱい元気をもらっております。
虹
前々から日本生命のCMでサビだけ流れてますが。
もう、岩沢さんの突き抜ける声が素敵です。
どんな壁でも超えてやろうじゃないですか、的な気持ちになれるんですよね。ええ、もう届いてますよ。私のハートも宇宙の彼方まで(やばいくらいに壊れ気味)
これ、ぜったい素っぴんバージョンでやってほしい。でもって最後のサビはマイクなしで聞きたい!そのくらい最後はぐわっとくるんです。生で聞いたらきっと泣いちゃいそうだ……ライブに行くのが怖いよ(いい意味で)
最近は岩沢さんサビ担当が多いのでちょっと嬉しい私だったりします。
サビ前の掛け合いは早口というか、慣れるまでは違和感ありそうかなぁというのが最初の印象だったのですが、歌詞だけをたどると奥が深い。
北川さんのテイストがめいっぱい詰まっているんですよね。
北川さんの言葉は誰もが持っている負の部分をさらりと言って、正のベクトルに変えるヒントを与えて。でも動くのは貴方なんだから自分でどうにかしようね♪みたいな。いい感じに第三者視点で語ってる。この観察眼と突き放し方が絶妙な感じです。
ただ、歌詞の一部が私には微妙に聞こえる部分もまたしかり。
現代社会を思えばそういった「甘さ」は時に必要なんだけど「自分は何も悪くない。周りのせいなんだ」といった開き直りに聞こえてしまう部分があるんですよ。「全ての人へ向けた」応援歌というのは言葉のとらえ方の違いで陳腐なものに聞こえてしまったりする、その方向修正しているのが「自分は鏡」という表現なのかな、と私は思いました。
自分そのもの、あるいは選びとった「結果」は自分に反映するという、この言葉選びにははっとさせられます。
この曲は「栄光の架橋」の続編のようだと言われてますが、それは真央ちゃん効果が強いかと思います。世界を極めようとする人たちにとって「ライバル」たち以上に「自分自身」が壁となってしまう時がある、だからそれを乗り越えていこうな言葉。(ゆずを含め)プロと呼ばれる人たちの意気込みのようにも聞こえます。
それはとても崇高な意思。
なのにこの唄が私たちに親しみやすいのはどうしてでしょう?
私は勝負事に関する言葉が一切ないからだと考えます。
そしてそれは「栄光の架橋」にも言えることなんですよね。
「栄光〜」の詩を解釈していくとあくまで「途中」を語っているんですよね。そこには勝ちも負けもない。ただ、今ある現実を受け止めて進もう、それは明日続くんだと語っているわけです。
それを考えると「虹」はそれが更に洗練されたというか。ひとつとびぬけた感じがします。
あと、話は脱線しますが。
この曲を聞いて、私、「雨と泪」の歌詞も思い出したんですよ。
気持ちも伝えたいことも同じなのに。
「泪」と「涙」の違い。
後に「花が咲く」のか「虹がでる」のか。
周りに「閉じて」いるか「開いているか」
比べて聴くのもなかなか面白いかもしれません。
Re:スタート
岩沢さんの曲、最近B面多いな〜と思いつつ、気楽に聴けてしまう感はやっぱB面?と思ってしまう自分がいたりして。
いや、このゆるゆる感がいいなぁ、と。
一曲目が手堅くスケールでかく作ってるだけに、冒頭のハープに(いい意味で)脱力できるんですよね。「足くずしてもOKですよね?」とつい言ってしまいそうになる感じ。
「Re:」ってことは何かの返信でしょうか?
(相手が何かを)始めたんだねということに対する返事?
気がつけば色々と想像がかきたてられるシュチュエーションですなぁ……
とりあえず「FURUSATO」のチケットはとりました。
とはいえ来年のさいたま公演だったりするんですが……ま、いいや。
今回のライブは「逢いたい」「みらい」もあるから、壮大な雰囲気に期待しつつ「いちご」ではっちゃけてもらいたいな。
ライブの日が楽しみです。