お茶を濁す - 2005年11月07日(月) 最近、8時間ぐらい寝ないと眠くてしょうがない。 まぁ、日中もガンガン寝るのだけど。 今日も勉強。 ゼミの発表まであと2日。 ちょっと調子が上がってきて何とか1500字ぐらい原稿を書く。 が、前回の発表は4000字ぐらいあったので、まだまだ足りない。 というか、そもそも今回の発表は軸がしっかりしていない。 それはなぜかと考えれば、自分には政治学とか社会学とか経済学の基本的な知識がないからで、そんな中で福祉国家における財の配分の問題なんかを書いていると、全然説得力がなく、非常に薄っぺらい内容になってしまっている。 1年に2回しかない発表だし、ダイレクトに反応を聞ける貴重な機会だから大事にしなきゃいけないのに。 一応、要旨を書いておく。 現代の社会において、社会的基本財は配分される。 それは、基本的自由を保障するためである。 市民には納税の義務を課し、それは市民間の不平等を是正するために再配分される。 しかし、この平等にもっていくという作業は、いろいろな問題を含んでいる。 たとえば、平等になるということは、+1の立場にいる健常者は0の地点に下がり、−1の立場にいる障害者は0に上がるということになる。 これに対していくつかの批判がある(主にリバタリアンと呼ばれる人から)。 また、配分された基本財をどうするか、という問題がある。 ロールズの『正義論』に対するセンの主張。 「基本財や資源を「機能やその他の成果の様々な組合せ」から選択する自由へと変換する能力には、個人間で差が生じるので、たとえ基本財や資源の保有が平等であっても、人々が享受している実際の自由は深刻な不平等を伴っているかもしれない」 これは当たり前のことだが重要なことの1つである。 個人によっては、「平等」だと思われている配分が足らない場合がある。 しかし、基本財は有限であり、ある程度の優先順位はつけられなければならない。 などなど しかし、ここまで書いてきて、別に何の結論も思い浮かんでこなくて、困る。 一体全体、自分は何を書きたいのか。 -
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