death with dignity? - 2005年06月21日(火) 昼食を食べようと学食に行って、いろいろと食べ物を選んでいたのだけど、1グラム1円コーナーでいろいろと血迷ってしまい、昼飯にしては法外な代金を支払う。 後悔。 でも、それにしても、財布のお金がいつになってもなくならない。 今月に入ってから、まだ一度も銀行からお金を下ろしていないのに、まったくもって切羽詰まっていない。 こんなにリッチな状態が続くのはいつぶりだろうか。 しかし、大きな買い物をする勇気もなく、結局僕は学食にお金を注ぎ込んでいる。 ゼミの準備は、だいぶ進んだ。 いくつかポイントを絞れたのが大きい。 1.終末期医療における自己決定の権利とは何か 2.よりよい死とは何か――そもそも生や死に相対性をもちだすことは可能か 2α.優生思想、アリストテレスの魂論 3.作為と不作為、意図と非意図 3α.選好功利主義、古典的功利主義、権利論、自律的意思決定 ちょっと前までは、尊厳死だとか臓器移植に関して、かなり肯定する立場だったのだけど、実際によく考えてみる中でかなり考えが変わった。 というか、すぐにおかしい点が出てくる。 たとえば、よりよい死(生)の存在、医者が患者を殺す権利(作為/不作為に関らず)、自己決定の経路などなど。 とにかく、あと一週間で死ぬ気でやる。 こういうのは、ちゃんと形にしなければ意味がない。 -
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