人は少ししか知らぬ場合にのみ、知っているなどと言えるのです。
多く知るにつれ、次第に疑いが生じて来るものです。
・・ゲーテ格言集より。
高校時代からゲーテの詩集や格言集が好きで 何度も読んでいる。
そのゲーテも躁鬱病であったというのだから 何か波長が合うのかも知れない。
「バカの壁」がいまだにベストセラーなので 依然読んで「陳腐だ」と思ったのは間違いかと 自信がなくなり、また読んで見た。 やはり陳腐だ。
ベストセラーなんてのはアテにならんな。 そういえば「脳内革命」ってどうなったんだ?
今日は、息子のサッカー練習の送り迎えで千葉 まで言った。その練習中に読書したのだが つまり冒頭の言葉で全て言い当てられるでしょう。
まぁ、読む人によって感じ方は違うのでしょう。
風邪が思いのほか休息に快方に向かっている。 これで、来週の銀座豪遊計画は実行できそうだ。
今の自分は、何の気負いもない。 野心もない。欲もない。これがいいのか悪いのか 判断もできない。
ただ、38年の人生でこんなことは一度もなかった。 常に劣等感や競争心、見栄や向上心でどちらかというと 「熱く」生きてきた。
躁うつ病の治療としてはいいのだろうけど なんだか、気の抜けたビールのようで 物足りないのだ。
ハイテンションで、嵌めを外しながらも なんとか生きていけるのではないか?
つまり、その、何でもやり過ぎちゃう性格って いうのが嫌いではないのだ。
鬱が来て、まわりに迷惑をかけるのは 本当にまずいことなのだが もう一度、テンションを上げて 人生の舞台に立って役者になってもいいのでは ないか?
今は完全に人生の舞台から降りて 観客になっている。
人はみな歪なものだし それを、無理やり強制すると なんだか人格を否定されたようである。
・・・こういうと医者はまた「躁」ですよ、と忠告する。
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