毒茄子
レガお君



 ケアは与えて受け取るもの

またまた週の終わり。

実習中の学生は今日のカンファレンスで
来週に向けての方針を大まかににでも
発表できないといけない。
が、方向性はなかなか見えてこない。
それぞれに色々関わってるんだけど
具体的な援助となると難しいらしい。

はっきりと「ダメです」「煮詰まってます」
と言う彼女たちに励ましの言葉をと
色々ネタを繰るんだけど難しい。
ある学生は体調が思わしくない患者に
「今日はしんどくて話すのは無理」と言われ
どう近づいていいのかわからず
苦し紛れに手紙を書いてきた。

・・・患者に対する気遣いが出てこない。
「関わらせて頂いてありがとうございます」
「治療や病気の事でわからない事があれば
調べてお答えしますので教えて下さい」
要は自分が言いたいお礼を述べ
自分がやりたいことを表明しただけで
患者のニードに沿う事には目が向いてない。
結局手紙は渡せないことになり
学生はどうしていいかわからず泣き出す。

別の学生も患者の言いたいことを聴くより
自分の言いたいことを言ったり
自分が聞きたいことを聴きだしたい
という思いが強くてそこから抜けられない。
自分が求める言葉が聞かれなければ
「情報が取れてない」と悶々としてる。

私は私で彼女たちを思うように導けずに悶々。
「こうすればいいのに」と思う事を
いかに彼女たちに気づいてもらうか
回りくどいプロセスに疲れ気味。
学生は記録上ではいまいち深まってないし
要綱に上がってるような
実習目標に沿うのも完全ではない。
何とか手ごたえをつかませてやりたいし
心理的援助の大切さを感じてもらいたい。

でも、毎日患者と接して自分の人生を考えたり
スタッフの言動に感動し
看護の奥深さも感じつつあるという
とても意義の大きい学びをしてると思う。
それが評価に出てこないもどかしさ。
カンファレンスになって学生がそれぞれ
自分の考えを言うんだけど
またまたちっともまとまってない。

私が半分以上答えを言ったような
状況に対するアセスメントも
結局私が言った意味がわかってないから
きちんと覚えてなくて
同じように言う事もできない。
惨憺たる結果で私も目が泳いでしまった。

めでたく私の教員初挫折。
これからどうして行こう?
まだまだ若く人生経験も未熟な3人と
臨床家も関わりが難しいという患者と
ひとり立ちしたての新米教員。
不利な状況が多すぎる。
成人看護学実習は一生に一度。重すぎる。
学生がうけもち患者に対して
わかりやすい感情表出を求めるのと同じくらい
私も学生にわかりやすい変化を求めてるのかも。

学生は鼻炎で鼻水が止まらない私に
大丈夫?と声をかけてくれ
泣いてる学生にはみんなで声をかけ
記録で困ってる学生をみんなで待ってる。
恐るべき連帯感の強さ。

帰り際、どんよりしてたら学生が
「先生〜ありがと〜また来週ね〜」と
案外明るく手を振って挨拶してくれて
ちょっと気分が上向く。
私も学生に助けられてる。

やはりケアは相互作用らしい。


2003年06月20日(金)
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