++ 記憶の中へ
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■ 兄ちゃん 2003年11月17日(月)
 
 高校生の長男から交通事故にあったと電話が入ったのは、あと10分で海渡と登校しようという朝のあわただしい時間だった。
 警察の人がもう来ているというので、すぐに行かなくてはならない・・・・でも、海渡の学校どうしよう。そのとき中学生の長女が目の前に現れた。今日は月曜日なので部活がない。海渡と同じ時間に家を出て行くことになっている。

 「兄ちゃん、事故にあったんだって、お母さん行かないといかんから、海ちゃんを公園まで連れていって班長さんに今日はお母さんが一緒に行かれないって言っといて」

「分かった」

 娘は事の重大さを理解して、すぐに返事をしてくれた。
 幸い、事故は大きなものでなく、長男の怪我も大したものではなかった。

 ところが、海渡のほうが大変だった。
 朝、長女が班長さんに海渡を預けたあと、海渡は班長さんがどう誘っても動こうとせず、みんなと一緒に学校へ行かなかったのだ。マンションのベランダから様子を察した班長さんのお母さんが小学校へ電話してくださり、特学の先生が迎えに来てくれて、ようやく動き出したらしい。

 先生がおっしゃるには、いつもと違う雰囲気が分かったのではないか、海渡なりに兄ちゃんが心配だったのではないかということだけれど、本人の口からは何も聞けないので海渡がなぜ今日は動かなかったのか真相は分からない。

 確かに、朝、海渡の前で長女に事情を話したけれど海渡がそれをどこまで理解していたのか。海渡にとっては、私がどこかへ行ってしまい、代わりに姉が公園へ一緒に来て、班長さんに何か言って自転車で行ってしまったということだけが全てだ。

 帰宅してから、海渡に

「兄ちゃんね、今日、自動車とぶつかって、痛い痛いになって、病院行ったんだよ」

と言うと、海渡は悲しそうな顔をして黙ってしまった。ああ、分かるんだ。

「でもね、今はもう元気だよ。こっち来てごらん」

 長男の部屋へ連れて行った。ノックをして長男が現れると海渡はめちゃくちゃに嬉しそうに大きな口を開けて笑顔になった。言葉では何も言えなかったけれど、その笑顔だけで海渡の気持ちが分かった。

 「兄ちゃんが自動車にぶつかって心配で仕方がなかったんだって。ほらね海ちゃん、兄ちゃん元気でしょ?」

 長男も「なんだ」と言わんばかりの笑顔になった。

 その後は、いつもの海渡になっていた。

 



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