ふと、ほんとうにごくたまに海渡が健常児だったら今頃どんなおしゃべりを聞かせてくれているだろうと思うことがあります。毎日通っている小学校のどこが面白くて、何が楽しくて、先生のどんなお話があったのか、どんなふうにお話してくれるんだろう。
そして、今海渡は何を考えて、何を思って、毎日小学校へ通っているんだろう。保育園のときは、ずっと年長になっても登園するのを嫌がることがありました。帽子や荷物さえ持とうとしなかったり、園についても車から降りなかったりしたことも何度もありました。
それが、小学校になったとたん、一度も自分の荷物のランドセルを嫌がったことがありません。甘えて玄関まで自分で来ないことはあっても、一度外へ出てしまえばもうやる気満々です。川に浮かぶアメンボや水溜りに夢中になって足が止まることはあっても、それは学校へ行きたくないということではありません。
どう想像しても、保育園よりも小学校のほうがルールは多いし、覚えなければいけないことがたくさんあるし、大人の勝手な判断で言うと保育園のほうが楽しいような気がするのです。
小学校というところは、それほどに魅力的な場所なんでしょうか。
学校の中で、先生の指示に従えなくて石のようになってしまうことはあってもそれが翌日の登校拒否につながったり、帰宅してから不機嫌になったり不安定になるということもありません。
毎日、迎えに行ってその日その日、出会った道の途中で、私を見つけるなり全速力で走ってくる海渡。抱きつかんばかりに両腕を広げて大きな口を開けて飛びっきりの笑顔で走ってくる海渡。 海渡のその表情だけを見ている限り、海渡は思いっきり小学校の生活を楽しんでいることが手に取るようにわかります。お友達大好き、せんせい大好き、べんきょう大好きと言う海渡。
それだけで、充分なのかな。 そう思う反面、もっといろんなお話を聞かせてくれたら・・・とも思ってしまう。楽しいことだけじゃなくて、「学校のこういうところは大変なんだよ」なんて苦労話をしてくれたら面白いだろうなと思ったりします。実際、海渡がおしゃべりもパワーも数段勝る健常児に混じって小学校生活を送るというのは計り知れない苦労や努力が必要だと思います。どんなふうにそういう場面を過ごしているのだろうと、思ったりします。
海渡は毎日、幸せなのかな。
相田みつをの言葉にこんなのがあります。
「しあわせは いつも 自分の心がきめる」
海渡はちゃんと自分のしあわせを、自分の心できめることができているのかもしれません。それも、自分の気づかないうちに・・・・。
それだけで、やっぱり充分なのかもしれません。
|
|