++ 記憶の中へ
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■ せんせいとおともだち 2003年06月13日(金)

 小学校へ入学して2ヵ月半、海渡はたくさんの先生方に関わっていただいています。

 40人のうちの一人として海渡を受け入れて下さっている1年1組の担任の先生。
 海渡にあわせて算数と国語を教えてくださる個別学級の担任の先生。
 図工の補助をしてくださる大好きな大好きなI先生。
 何かと目をかけてくださる養護の先生。
 そしていつも可愛がってくださる諸先生方・・・・。

 どの先生にもいつも声をかけてもらい、見守っていただいています。

 最近の海渡は個別学級の先生の後をついて歩いているそうで、職員室までくっついていき、すでに職員室はフリーパス状態。いりびたっているらしく、職員会議のときは終わるまで廊下で待っていることもあるそうです(苦笑) 
 この間は職員室で校長先生に風船で遊んでもらっていたと連絡帳に書いてあって小心者の母は「ひぇ〜」とびっくりしてしまいました(笑)

 入学当初はいろんなことがいっぱいあって、落ち込むことだらけだったけれど、ついこの間偶然お会いした教頭先生に

「海渡くん、随分慣れてきましたねぇ」

と声をかけてもらい、ほんの少し胸をなでおろしています。

 ただ、一番海渡のことを心配し、入学までいろいろと励ましてくださった1年1組の担任の先生がどうしても一番の嫌われ役に回ってしまって、申し訳ないなぁと思っています。

 たとえば、放課などで外にいるときや個別学級から1組に戻るとき、海渡にとっては1組の先生はやりたくない勉強のために連れ戻しに来た人ということらしく、迎えに来た1組の先生の顔を見ると、あろうことか嫌な顔をするそうです(大汗)

 その話を聞いて、またまた小心者の母は「ひぇ〜」と冷や汗が出る思いです。でも、きっと海渡にも先生方がどれだけ海渡のことを考えてくださっているかが理解できる日がくると思います。

 保育園の頃と比べると格段におもらしが減ったことに驚いています。
 40人の中の一人というのは大変なストレスがあると思いますが、個別学級や時々遊びにいく職員室が海渡にとっては自分を取り戻し、ホッとできる場になっているのかなと思います。

 障害を持つ子どもを持つ親にとって、小学校時代というのは「第二の告知」とも言うべき厳しい時期ともなるそうです。「第一の告知」というのは、もちろん産まれたときに我が子がダウン症だと初めて知らされる「告知」。それを苦しい思いをしながらも少しずつ受け入れ、比較的穏やかに過ごせる幼児期を過ぎ、本来なら親子ともに嬉しい節目となるはずの就学が、障害を持つ子どもとその親にとっては、改めて「障害児である」ということを目の当たりに突きつけられる「第二の告知」となるのだと思います。

 私も保育園時代は下手をすると海渡がダウン症だとか、障害児だとかいうことさえ忘れる日もあるほどのんきに過ごしていました。
 そして、今改めて我が子が背負っているハンディを自覚する日々です。

 でも、いろいろあったけれど、こうして先生方に見守られ、楽しく登校できる海渡の笑顔が見られ、そして小学校に毎日通うというこんな当たり前のことに感謝できるのもまた障害を持った海渡と先生方のおかげです。

 まだまだ始まったばかりの小学校。本番はこれから。
 もうすぐ海渡の大好きなプールが始まります。
  

 



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