昨日の本の続きなのですが、もう1冊の「あなたを産んでよかった」は著者マーサ・ベックがハーバード大学で博士号を目指して勉強しているときに妊娠して、羊水検査によって胎児がダウン症であると告知され、それを受け入れて出産するまでが描かれています。ほとんどがその過程なので、実際にダウン症のアダムが登場する場面は後ろのほうにほんの少しだけです。
アダムが生まれたとき、夫であるジョンが
「奇跡が起こるかもしれないと、本当は思っていたんだ。神様があの子を治してくれるんじゃないかって・・・」
と言います。マーサはちょっと考えてから
「きっと、治す必要はなかったのよ」
と答えるシーンがあります。
このことばには驚きました。 ダウン症の子を持って、6年たってやっと私も「そうかもしれない」と思えることを、生まれてすぐに言えるというのはすごいことです。 しかし、その後発達の遅れや、言葉をなかなか発しないアダムに失望したりもするのですが・・・。
アダムの成長がほんの少ししか描かれていないのが残念ですが、そのアダムが登場する10ページ足らずの中で、著者は今まで宝物だと思っていたのがゴミくずで、じつはゴミだと思っていたもののなかに宝物があることに気付いたと書いています。知的障害児である息子が家族のカウンセラーの役割を果たしてくれ、真実について学び、価値観が大きく変わったと。著者の友人がアダムのことを
「犬にノミがついているように、アダムには天使がついている」
といったというくだりにはうなづくと同時に笑ってしまいました。
さて、我が家の天使ですが・・・
水曜日、朝の海渡の付き添いはお父さんの役目です。 海渡は、私のことは「ママ」って呼ぶのに、父親のことは「おとうさん」と呼びます。「ママ」と「おとうさん」・・・海渡の中には微妙な違いがあるのでしょうか。
さて、心配性なのか「おとうさん」は、海渡が教室に入ってランドセルをおろして、自分の席に座るのを見届けてから帰ってきます。帰った「おとうさん」に「どうだった?」と聞くのがいつものパターン。
「公園(集合場所)に行ったら遊具に座ったまま動かなくなったんで、みんなには先に行ってもらって、2人で歩いて行ったよ、途中で追いついたけど」
やっぱり。最近、朝集合場所の公園に着くと、みんなと同じように遊びたがるのです。ブランコに乗りたいのはわかるけど、遅めに出る海渡にはそんな時間はありません。だいたい、公園に着いたらすぐ班長さんの集合がかかるんだから。
さて、帰りは雨が降って風も強かったので、学校まで迎えに行きました。 下駄箱の外に1年生が並んでいるのに海渡の姿はなし。しばらくして、中からやっと特殊学級の先生と一緒に出てきました。帰りの支度にまた時間がかかっていたそうです。人に頼らずに自分でやれるようにと、帰りの支度を全部海渡にまかせているので、ものすごく時間がかかるのです。 特に今日は、5時間目あたりからぐずぐず言ってなかなか動けなかったらしいです。うちに帰れるのにぐずぐず言っているとは・・・
他の子がみんな行ってしまったので、ためしに「海ちゃん、一人でおうちに帰れるかな? おかあさん、海ちゃんの後ろから歩くね」と言って、海渡の後ろにつきました。海渡は、そのまま歩き出し、小さな門から出て通学路を黙々と歩き出しました。途中、十字路があると立ち止まっています。小さな橋も渡って、迷うことなく集合場所の公園に辿り着きました。一度も私を見ることなく、不安そうな様子がなかったので、これなら万が一私が迎えに出るのが遅れても大丈夫かなと、ちょっと安心しました。
天使というにはあまりにワガママで生意気ですが、どうやら今日も楽しい一日だったようです。
|
|