++ 記憶の中へ
Written by free
Photo by
Designed by caprice*



■ たのしいせいかつ科 あさがおの種まき編 2003年05月06日(火)
 
 「せいかつ科」の時間、私は小学校で海渡の補助をすることになっています。これは入学前からの打ち合わせで決めてあったことで、海渡がどんなふうに授業をしているか堂々と?見に行けて、口も出せる、手も出せるとあって結構楽しみな時間となっています。

 この日は、2回目のせいかつ科の補助でしたが、初めてのときは1時間目だったこともあって、海渡といっしょに登校してそのまま「朝の会」も見学しました。

 そのとき、感動したのは、健康観察?だったか、日直さんがみんなの体調を調べて表に書き、それを職員室の前の壁にかけて、黒板に欠席人数を書きにいくときのことです。

 海渡は特殊学級の児童ですから、自分のカードを持っていくことになっていて、先生がそのカードを渡すと、1組の日直さんと一緒に教室から出て行きました。私は、嬉しそうにカードをもらって走り出ていく海渡のあとをついていくことにしました。

 職員室の前に着くと、カードをフックにかけ、日直さんが黒板に書いたあとで自分もチョークを持ち、特殊学級の欄に「1」「0」という数字を書いたのです。正確には海渡は「0」「0」と書くのですが(笑)

 それらを海渡は自分の役目としてやっているそうで、ものすごく嬉しそうに張り切ってやっている姿にびっくりしました。どちらかというと動作ののろい海渡がものすごい勢いで飛び出して、目を輝かせながらフックにかけ、チョークを探していました。

 この役目を海渡自身にさせてくださって、教えてくださった先生にも感謝ですが、きちんとこなしている海渡も立派だし、責任ある自分の役目があるとこんなに張り切るんだということを知ることができたことも嬉しかったです。学校に来て良かったと感じた日でした。


 さて、実は私は以前海渡が通っていた名古屋市の私立保育園で、1年半ほど保育士さんの補助として働いていたことがあります。このうち1年ほどを年中児のクラスで毎日を過ごしました。このクラスの中に障害を持った子がいて、主に私はその子の補助をしていたのですが、今海渡の補助のために教室にいるとあのときの懐かしい日々とダブってきて不思議な感覚になります。

 年齢も違うし、保育園と小学校という違いもありますが、子どもたちの生き生きとした表情と、たくさんの子どもたちが存在する教室の独特のざわめき、笑い声、歓声は、日常とは全く違う不思議な空間です。

 保育園で私が補助をしていた子は言葉のない知的障害の男の子でしたが、頑固なところなど今の海渡と似ている部分もありました。(当時の海渡は2歳児で頑固のガの字もない今の姿が想像できない素直な子でしたが)

 同じ補助をするのでも、親である今はまた違った思いがありますね。
 まあ、これは仕方のないことかもしれませんが・・・・

 あさがおの種まきは私がそばで先生の指示をわかりやすく説明したせいもあって、スムーズにできました。どんな芽がでて、どんな花が咲くかな?

 世界に一つだけの花だね。




 

  



backINDEXnext


My追加