開いたロがふさがらない。この国の政治家の程度の低さには今さら驚きもしないけれど。 百田某の発言はおよそ作家を名乗る者のそれとは到底考えられない。自らの「作家活動」もまた「言論の自由」の保証があってこそ成立しうるということにすら、気づけないという滑稽さ。無名の一般庶民でさえ理解できていることをお偉いベストセラーの作家先生が全くわかっていないというこの国の文化状況の悲惨さを思い知らされ、無力感というか脱力感というか、あまりの情けなさに腰が砕けそうになる。 安倍総理をはじめ、この国の政治家の発言の空虚さはあらためて繰り返すまでもないが、この国にまったく希望がないわけではない。 今月23日、沖縄全戦没者追悼式で、高校生の詠んだ詩は、とても心を打たれる内容のものであった。今は認知症を患う大おばが沖縄戦で夫を失い乳飲み子を抱えて戦後を生きぬいてきたことに想いを馳せながら書いたとされる詩。ことばの一つひとつに力を感じ、元気を与えられた。 そんな若い人たらに大人として少しでも明るい未来を残す責務があるのだとあらためて思う。この国の政治状況、文化状況は瀕死の状態にあるとは思うものの、蘇生しようとする力はまだ残っているのだ。だから絶望している場合ではないのだと、自らに言い聞かせている。
|