| 2007年01月14日(日) |
『北枕を小脇にかかえて』 |
この芝居は特定の誰かの追悼公演ではない けれど、久しぶりに一人で勝負してみようと 思い立ったその最初の動機は、何人かの死に よっている。僕と同時代を生き共に汗をかい た数名の人の死は、とても大きいものであっ たから。それで何がどう変わるものではない にせよ、僕は「人の死」を直接的に題材にし たいと思ったのだ。生と、死と、両者をつな ぐものとしての性、を。(中略) 人の死にまつわるいくつかのテキストと格 闘してしみじみ実感するのは、生命の軽さ、 はかなさ、もろさである。現生人類は約20万 年前エチオピアの地に誕生したと最新のDNA 研究は伝えているが、それからどれだけの人 の死を経て我々は生きているのだろう。人は 簡単に死ぬ。そのはかない事、早春の雪原に 一瞬生まれるという蜻蛉のごときではないか。 しかし。だからこそ尊いのだ、と僕は思う。 生命の軽さと尊さは同値であろう。この事を、 僕らは決して忘れてはならない。 (『北枕を小脇にかかえて』公演パンフより)
<夜の建築事務所>プロデュースの一人芝居『北枕を小脇にかかえて』を、新栄「pHー7地下劇場」に観に行ってきた。檜垣萱の一人芝居を、今回は灯乃湿が演出している。檜垣、灯乃がそれぞれ書いたものの他、いくつかの文献(詩集や哲学書など)からの引用などを再構成し、ひとつの芝居として成立させていた。 冒頭に掲げた一文には檜垣のこの芝居にかける思いが綴られているが、実際の芝居からもそうした思いの一端を感じることができた。一般的には決して観やすい類の芝居ではなかったかもしれない(私にとっては、好きなタイプの芝居)。けれども、広い意味でのテーマは観客一人ひとりに伝わったのではないだろうか。 死と、生と、性。大変広く普遍的なテーマであるが、よく考え練られたものが観客の前に差し出されたように思われた。とてもいい芝居だった。
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