北野武・監督による映画『座頭市』を観てきた。 結論的に言えば、黒澤映画の「二番煎じ」との印象が否めなかった。タップのリズムを導入するなど工夫のあとは見られたが、映画全体の出来はいまひとつのように思った。 それと気になったのは、「めくら」という言葉の使い方である。「めくら」は差別用語だから不適切、ということを言いたいのではない。問題は、「めくら」という言葉を敢えて用いるだけの「思想」が表現者の側に果たしてあったのか、という点である。北野武演ずる「座頭市」が「悪党」の目を斬りつけ吐きかけた言葉、「めくらになって惨めな人生を送れ」といった意味合いの言葉のなかに、薄っぺらな「思想」が透けて見えた。「視覚障害者」イコール「惨め」と言ってるようなものではないか。その程度の表現のために「めくら」という言葉を敢えて使ったのだろうか。表現者として想像力に欠けるのではないか、というふうに私は観たのだが、どうであろうか。
|