夏撃波[暗黒武闘戦線・歌劇派]の独白

2003年09月24日(水) 祖母の葬儀

 22日昼、「母方の祖母がショートステイ先で息を引き取った(享年87歳)」との連絡が母から入った。ちょうど勤務中だったが、事情を説明し、急遽休みをとって実家の山梨に急行した。
 23日通夜、24日葬儀という日取りだったが、あわただしく時は過ぎた。老いと死について、何かと考えさせられた日々でもあった。生前の祖母と、私はいかなる関係を取り結んできたであろうか。今となっては悔いることばかりだ。名古屋に戻ってからも、祖母との思い出が繰り返し浮かんでは消えていった。

 思いはあれやこれやとつのるばかりだが、ここでひとつ言及しておきたいことがある。それは、私の兄のことでもあるのだが、祖母にとって兄は初孫でもあり、特別な思いがあったに違いない。兄が3歳の頃「自閉症」との診断を受けたことは、祖母にも衝撃を与えたであろう。それでも、以後40年近い歳月を経るなかで、祖母と兄とは深い絆で結ばれていった。祖母の死を兄がどんなふうに受け止めているのかはよくわからない。けれども、通夜・葬儀に参列し、何かを感じ取ったことであろう。
 よく「障害者」が冠婚葬祭の場に出席できない等という話を聞いたことがある。きょうだいの結婚式の時にも、おじいちゃん・おばあちゃんの葬儀の時にも、どこかに預けられてしまうケースが少なくない。事情はさまざまかもしれないが、大きな原因のひとつが「世間の目」ということになるのだろう。でもね、祝いの席にも葬式にも出られないなんて、おかしいことだと思うよ。「障害者の社会参加」なんて掛け声が聞かれるようになって久しいが、悲しいかな、「社会参加」の現状はそんな程度だ。
 実を言うと、幼かった頃の私も、兄の存在を「世間の目」に触れられぬよう隠したいという思いが強かった。そんな私の思いを知ってか知らずか、両親は兄のことを恥ずかしいと思うことなく人前にドンドン出していった。だから、結婚式にだって、お葬式にだって、私が出席するようなものに兄も出席するのは当たり前すぎるくらい当然のことであった。今となってはそうした両親の対応を私は誇らしく思う。兄もまた、社会の一員に相違ないのだから。
 たとえ年老いて身体の自由を失おうが、たとえ障害を持って生まれようが、人はそれぞれに自らの人生を全うする義務を負っているのだと思う。と同時に、そうした一人ひとりの人生をサポートする義務を社会の側が負っているのだとも思うし、それが「社会福祉」の根本であろう。今日の「社会福祉」がその点においてどこまで機能しているのか、疑問に思うことは多い。でもね、何事も根本に立ち返ってみることは大事なことだと思う。


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夏撃波 [MAIL]