| 2003年08月03日(日) |
むすめ歌舞伎、大野一雄、スーパー一座・・・ |
8月になってから、だいぶ夏らしくなり、と言うか、急に暑くなり、身体がついていかない。ついでに歯痛で夜も眠れず、痛み止めも効かずに、苦痛の表情を隠しきれない。 そんな不快な状況にありながら、今日は芝居見物なぞに出掛けてしまった。午前中は「名古屋むすめ歌舞伎」公演を千種文化小劇場へ、午後「大野一雄」小公演を愛知県芸術文化センター(アートスペースA)へ、夕方「スーパー一座」の大須オペラ公演を大須演芸場へ、それぞれ観に行った。3つの公演とも、それぞれに素晴らしい公演であった。
まず、「名古屋むすめ歌舞伎」。今年は歌舞伎発祥400年にあたるようだが、7年ほど前初めて歌舞伎の面白さに目覚めさせてくれたのが「名古屋むすめ歌舞伎」だった。文字通りの「むすめさん」も「かつての、むすめさん」(失礼!)も含めて女性ばかりで演ずる歌舞伎集団だが、ベテラン勢の立ち居振舞いはご立派としか言いようがない。今回はいつもに比べてこぢんまりとした印象が強かったが、それでもまあまあ満足のいく内容であった。
さて、順番から言えば、大野一雄に触れるべきところだが、それは後に十分触れたい。先に、「スーパー一座」の大須オペラについて。 毎回それなりに面白くハズレはないのだが、今回は特に面白かった。特に、今日は千秋楽ということもあったのだが、演者も観客もノリにノッて劇場全体が異様な盛り上がりを見せていた。途中休憩をはさみ、2時間超の舞台をパワフルに演じきっていた。実は観ている間歯痛に喘いでいたりもしたのだが、舞台の面白さに腹の底から笑っていた。
さてさて、大野一雄について触れよう。96歳にして現役の舞踏家、故・土方巽とともに舞踏の第一人者とされる人物である。 10年ぐらい前だったろうか、大阪で「劇団態変」(身障者舞踏集団)と共演した大野一雄の踊りを観た。80歳代後半とは思えぬ身体のキレ、大野が醸し出す濃厚な空気に感じ入った。 大野は2000年に入院生活を送り、以後車いす生活を送っているという。身体は以前のようには動かなくなってしまったが、ひとたび舞台に立てば自然と踊り始めるのだ。下肢の自由は利かず、「指先を動かすだけの」踊り。果たしてあれを踊りと呼ぶべきか、異論もあるかもしれない。だが、私は大野の今日の「踊り」こそが「究極の、踊り」と呼ぶべきものであり、大野こそは「全身舞踏家」であると確信を持った。 大野の指先は表情を持ち、指一本で周りの空気を動かすのだ。大野の精神は所狭しと駆けめぐっているかのようだった。大野自身の生きている証を、燃え尽きることのない情熱を、その生きざまを目の当たりにしたように思った。 息子の慶人(舞踏家でもある)らに支えられて踊る姿は、文楽の人形遣いによって魂を吹き込まれた人形の踊りのようでもあった。 会場全体が感動にうち震えているかのようであった。私も、感動のあまり、絶句してしまった。ここまでの感動には、そう簡単には出会えない。その「歴史的場面」に居合わせることのできた歓びをかみしめている。 と、今日は何とも素敵な一日だった。ただひとつ、歯痛に苦しめられたことを除けば。
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