| 2003年01月03日(金) |
新年もまた、棘はずっと刺さったまんまだ・・・ |
ここ数日、日記をストップしていたので、順を追って綴っていこう。 12月30日、東京・新宿へ。紀伊国屋書店の裏にある「シアター・トップス」という小劇場にて、浪曲師・国本武春らによる『ミラクル忠臣蔵』(浪曲芝居)を観た。浪曲を織り交ぜたコメディー・タッチのドタバタ劇とでも言おうか、演劇を観る感覚とはだいぶ違って、「お笑い」を楽しむみたいな感じだった。開演前に客席に着くと、そこにはパンフの他、カスタネットや「おひねりを包む紙」が置かれていた。観客も参加して楽しむ趣向がなされていたというわけだ。「江戸城松の廊下」の場面でいきなり「殿中でござる〜」と歌い出したり、その他意表を突いてくる場面が随所にあり、笑いのツボをはずしていなかった。ばかばかしかったけど、思わず声を上げて笑ってしまった。 その後、一旦ホテルに荷物を置き、軽く夕食をすませ、浅川マキのライブ(新宿ピットイン)へ。開場時刻の少し前に行くと、地下のライブハウス入口にすでに人が並んでいた。昔からのファンであろうか50代とおぼしき人々も多かったが、若い世代も少なくはなかった。それにしても浅川マキは貫禄があった。彼女ほど「地下」とか「アングラ」がよく似合う人も少ないのではないかと思ったね(そう言えば、寺山修司作詞の曲も2,3曲やってたっけ)。 ライブが終わってからは、ビジネスホテルに一泊。
大晦日は、花園神社(その昔、状況劇場が紅テントで公演をおこなったという場所)の前を通り過ぎ、歌舞伎町を散策。朝帰りのホスト集団とすれ違い、「イメクラ嬢」がコンビニに入るのを横目で見遣りながら、けばけばしい歓楽街を通り抜けていった。紀伊国屋書店で1時間ほど立ち読みなんぞしてから、新宿駅へ。 「特急かいじ」(「特急あずさ」に乗る場合もあるが)で、甲府へと向かう。甲府から先我が家に帰るには、1時間に1本あるかないかというバスで帰るか、4千円ほど出してタクシーで帰るか、誰かに迎えに来てもらうぐらいしか方法がない。 で、父に迎えに来てもらい、帰宅。致し方ないことだが、うちの家族は年々年老いていくばかり。近所では亡くなられた人もいて、知らず知らずのうちに時が経過していることに気づかされた。 知らず知らず、と言えば、「市町村合併」とか「産廃処理場誘致反対運動」といった事柄が、郷里においては目下の関心事となっているようであった。いずれの問題も住民不在のうちに事が進んでいるとの印象は否めなかった。特に、昨今言われる「市町村合併」に関しては、はじめに政府主導の合併ありきで、「何のための合併か」「地域住民の生活向上につながるものなのか」といった根本の議論はほとんどなされていないと言っていい。「地方自治の精神」というものがどこにも感じられない。 改革と言えば聞こえはいいが、今行われようとしているあらゆる「改革」が(私の仕事にも深く関係する「社会福祉基礎構造改革」も含めて)真の改革になりえるのか、大いに疑問の残るところである。
2002年はあっけなく去った。年越しそばは手打ちで、しかも畑でとれたわさびをすりおろして(「エスビーの練りわさび」なんかじゃないぞ)、この上ない贅沢ってやつさ。 元旦は、お雑煮(我が一族は年末に餅つきをするのだ)食べて、と。祖母の家を訪れる以外はほとんど外出せず。
う〜ん、私はわが故郷を愛しつつも、そこから逃げ出したい思いに駆られるのだ。愛すればこそ、と言うべきか。 でも、どこにいたって、私は既に傷を負っているのだし、これからだって棘は刺さったまんまだ。それを引き受けながら、生きていかなければならないであろう。
正月3日、私は名古屋に戻ってきた。
|