| 2007年06月09日(土) |
進歩してるのか |
久しぶりに社会派の本を読んだ。 最近、読んでいる本と言えば金庸と漫画ばっかりだったから、たまには頭のためにも頭を使う本を読もうと思ったからである。って、別に金庸は頭を使わないわけではないぞ。どっちかっていうと、登場人物の名前やその特技、門派幇会の名称や技、登場人物たちの来歴などなど、相当覚えなくちゃならないことがあるから、記憶力の勝負だし。 それはさておき。 今回読んだのは、十年以上前に出版された「診断名サイコパス」という書籍である。 これは精神科医が書いたノンフィクションというか、サイコパスに関する論文みたいな本で(といっても、専門用語は極力避けてあり、とても分かりやすい語句で書かれている)とっても為になる一冊だ。 この本の最終章は、サイコパスと診断された人の治療法について書かれているが、要約すれば「治療法は見つかっていない」である。 本が書かれてから、十年以上経っているし、もしかすると今はなんらかの方法があるのかも知れない。 本によるとサイコパスは良心の呵責や共感性が欠落していて、自分の利益になることなら他人の不利益など全く考えない、いや、考えられないという人格である。 この人格は、育った環境や教育などには全く関係なく形成されるので、愛着論で全てを片づけようとするのは無理ということ。 愛着論とは、必要な時に親やその代わりになる人から、必要なだけ愛情を注がれたか否かということが、人格形成に大きく係わってくるという考え方。確かに愛情を感じないで育った子供が粗暴になったり、精神的に弱くなったりすることが多々あるけれどね。 サイコパスは犯罪を犯しても悪びれることなく、被害者に対して同情することはない。かえって、捕まった自分の不運を嘆く場合がある。人を操ることに長け、呼吸するように嘘をつく。 さてさて。彼らは「病気」なのだろうか。善悪の判断はついているのか?自分のルール以外のルールを守ることは出来ないのか? 安易に結果を求める最近の犯罪を見ていると、サイコパス的な犯罪者が10年前よりも増えている気がするのは私だけだろうか。 |
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