長いお別れ
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2002年02月12日(火) 私のこと*親との関係*

私の母親は事故死でした。病院の窓から転落したそうです。
何故、窓から転落するようなことになったのか、詳しい事は誰も教えてくれませんでした。
当時の私が5歳だったからでしょうか。それとも言えない理由があったのでしょうか。

何か良く無い事が起こると虫の知らせがあると良く言いますが確かにあると思います。

その日の私は朝から嫌な気分に包まれていて、保育園に行くのを嫌がり祖母を困らせていました。
ぐずって泣いていると、知らない人がやって来て、急いで病院へ行きましょうと言いました。
訳も分からないまま、引きずられるようにして辿り着いた先では、
九つ年上の兄が、学生服に身を包んだまま真っ赤な目をして泣いていました。
歩み寄っていくと、額に大きなガーゼをあてた母親はぴくりとも動きませんでした。
もう2度とおかあさんは動き出さないんだと気付き大声で泣きました。

父親とは10歳の時に死に別れました。胃ガンでした。
夏休みが終わりに近付いた朝、当時お世話になってた父の知人宅で、
朝食の時に「今日はお見舞いに行こう」と言われ「はい」と答えながら心の中では
行きたくないと強く強く思っていました。言い様のない不安が私を飲み込んでいました。
そうこうしているうちに電話が鳴って父親が死んだ事を知りました。
ああやっぱりと思う自分と悲しい自分とが、ごちゃ混ぜになっていました。

そうして両親を失った私に残ったのは施設へ行くという現実でした。
施設での生活は、快適とまでは言わないまでも、良い方だったと思います。
高校まで行かせてもらえたし、食事に不自由する事もありませんでした。
むしろ私は卒園する事が嫌でした。この先の人生をどうやってやり過ごせば良いのか
それを考えると、苦しくて怖くて悲しかった。
結局はこうしてドロップアウトしてしまったのですが。
もしかすると、私の人生は生まれた時が頂点で、あとは下るいっぽうなのかもしれません。
寂しいけれど、否定はできない感じです。いまのところは。


志乃 |MAIL

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