2005年12月28日(水) |
オンライン長編『イルファーラン物語』 |
長年、追ってきたこの作品が完結したので、これは感想を長々と書かなくてはいけませんね。 実のところ、私は一気読み派なので、連載を追っている作品はかなり少ないです。 『イルファーラン物語』は、そのうちの一作ということになります。 連載期間が四年ということで、作者の冬木さんとは、感想を書いたり、書いてもらったり……の、長いおつきあいになります。(^ー^) だから完結してすっきり爽やかな気分とともに、なんだか寂しいような気もしますね。
イルファーラン物語は、異世界迷い込みものの典型的パターンで、かなり王道の作品です。 2000ページというボリュームがありますが、次から次へと事件が起きて……というものでもありません。 むしろ、ゆったりと話が進んでいきます。 わくわくはらはらどきどき……という感じではなく、全体的にはどこかのほほんとした、牧歌的雰囲気が漂う作品です。 けっこうくどい……という感想もいただいたそうで、私もたまには、ここはテンポよく行きたいよな……などと思いつつ読んだところもあります。 しかし、あの『指輪物語』のトールキン教授も言っていますが、 「多くの人が悪いと指摘する部分を、別の多くの人がよいとも言う」 ということが、多くの小説にも当てはまります。 正直、私は『指輪物語』も妙にくどいと思っていまして、最初の『ホビットについて』は、飛ばして読んだ方がいいよ、とアドバイスしている程です。(^ー^; ある程度、作品にのめり込んでから読んだ方がわかりやすいし、興味の持てる部分ですから。 しかし、後から戻って読み返さななければならないような欠点もある作品だから『指輪物語』は、結局何度も読み返すはめになって(それだけの吸引力もあるのだけど)ますます世界にはまって行くところがあったかな? などと思います。 イルファーラン物語は、話は全然似ていませんが、指輪的でもあると思います。 (とくに前半部分の牧歌的なところは、ホビット庄ののどかさに共通するかも)
この作品の素晴しいところは、神話のあり方です。 序章は神話語りから入っています。 実は、これは私が好きではない手法でして、多くのファンタジー作品がこれをやって失敗しているな、と思っています。 なぜなら、最初に世界のあり方を語ってしまうと、もう世界の限界が出来てしまうんですよね。 そして、秘宝を求めるか、伝説の勇者になるか、魔王を退治するか……。 神話が世界を固定するファンタジーは、もうそれだけで満腹って感じです。 ところが、このイルファーランは、そのような安っぽい神話の世界ではないのです。 序章で語られる神話自体は、複雑でも何でもありません。 ですが、神話がやがて人々の生活に影響を与え、人々の生活が神話に影響を与え、どんどん変質してこの世界が出来上がっている、というのが、イルファーランの世界であり、非常に生々しく思えるのです。 実際の神話・伝承も、人々によって変遷していきます。 つまり、最初に神ありき……ではなく、神は人々に語られて初めて姿を現す、そのようなリアルな世界なのです。 ==引用(序章)== これから神話を学ぶ君達よ。 神話学は、決して、過去を振り返るだけの無益な学問ではない。 これは、未来への学問なのである。 なぜなら、これは、この国の未来である君達が、自分自身について考えるための学問なのだから。 ==引用終わり== 埋もれた学問をひもとき、検証していく様は、現代の歴史の研究にも似ていて、神話というよりは文化と思想・その生活の研究とも言えます。 イルファーランの神話語りは、まさに、きれいな構築されたものではなく、人々によってゆがめられ、変容していった様を、研究によって解明して行くような、そんなロマンがあるのです。 つまり、神話語りで世界に枠を作ってはめてしまったのではなく、むしろ空想の翼や推論の余地を埋め込んだ、ということが、この世界の魅力のひとつでしょう。 それは、作品のあらゆるところからにじみ出るのですが、そう言った理由で惹かれていたのだな……と、はっきり気がついたのは、『ユーリオンの手記』という幕間の番外編があったからなんですけれど。
さらに神話のありかたとも共通するのですが、現実を客観的に見据えた価値観っていうのかな? 善悪がないところが、私のツボでした。 すべては繰り返される日々の繰り返しの中にあり、どこにも突出した感じはないんですよね。 確かに最後はスーパーな力を主人公が持つことになりますが、それも自由に使えるとか、そんなのとはちょっと違う。英雄騒ぎには、おちょくっているの? とすら思える状態。(^ー^; 悪役であるはずの魔王も、退治された! っていうのとも違い、すべては丸く収まります。 その収まり方が、自然でありのままである、と、思えるんですよね。 光があれば影があり、生があれば死がある。裏があれば表があり、それはどれも切り離して、どちらかを滅する事は出来ません。 私自身も、そういったことを思って作品を書いていることもあって、非常に共感できたところです。
そして、やはり忘れてならないのは、キャラクターの掘り下げの深さでしょうね。 どちらかというと、テンポのいい話を好む私が、この作品に最後までつきあえたのも、アルファードというキャラクターのやや歪んだいい人ぶりにあったかな? と思います。 里菜が必死に付いて行っているのに、本当につれなくて。(笑) アルファードにつきあって魔物退治に明け暮れる里菜が、ちょこっとかわいそうでした。 実は、魔王との戦いよりも、私的には母ドラゴンとアルファードの戦いの方が読み応えがありました。あの、心理戦です。 やはり、この作品のメインが里菜よりもアルファードに置かれていたかな? とも思えます。
最後、ラストですが。 10年後っていうのが、実は気に入っているんです。(^ー^) イルファーランの世界とこちらの世界は、実に裏表。 やはりこちらに戻れば夢でしかない世界だと思うのです。 向こうの世界で経験した事がすべて消え去るわけではないですが、一度植物が種を落として枯れ、再び芽吹き、実をつけるのに時間がかかるように。 アルファードも里菜も、こちらの世界に戻ってきて、再び現実の世界で生きることをはじめ、自分なりにこちらの世界でも一山越えたんですよね。 そうして再び巡り会って恋に落ちる……。とてもいい話だと思いませんか?
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