| 2003年11月16日(日) |
若年層の物書きさん。 |
最近、カノープス通信の冬木さんところの掲示板で「小学生のサイトマスター」の話が出ていた。
で、ふーんと思っていたけれど、本当に見回すと、自分よりも3分の1しか人生を生きていない人たちが、ばんばんサイトを開いていて、人によりけりだけど、ものすごく高レベルな作品を発表していることに、驚いた。いや、たまげました。
私の人生っていったい何? (;;) なんて、つい落ち込みますわ。だって、私が高校生、中学生の頃なんて、人に見せられるような文章なんて書いていない。(^−^; 字を書くことが嫌いなので、手紙も書かないし日記も書かない。 ひどく字が汚いので、人に見せたくもない。 考えていたことといえば、もっと子どもっぽいことだった気がする。で、今も思考は子どもっぽいと思う。 人生40年生きて行き着けないレベルに、どうしてこの人たちは達しているんだろう? などと思うと、はーーーーとため息がでるわけだ。
が……。 よく考えてみた。 本当にそうだったかな? 自分の作品を思い出してみよう。 『エーデムリング物語』これを一番最初に考えたのは、高校生から大学生になる頃だった。 『化け猫』はたしか、共通一次を受ける前の晩に浮かんだ話。 『一角の森』は、ややテーマは変わったが、原案は高校生か中学生の頃に考えた。 『森の人々』は、大学時代。主な作品は、多かれ少なかれ、思い立ったのは10代後半から20代前半となる。 そして、仲間内を見ていても「構想十年・二十年、長年温めていました」という人が多い。 つまり、物語を一番考えつき、構想し、夢を膨らましていられる時期は、きっと10代なのだ。(人によりけりだが)
では、なぜ書かなかったのか? といわれれば、根気がなかった。(^−^; あと、字が下手だという劣等感から、書いて人に見せるなんて、絶対に嫌だった。 今、堰を切ったように書いているのは、PCを手に入れたおかげなのだ。 若い頃にちょいと根気があって、しかも「まー、りえちゃん、お上手なのね」の誉め言葉があれば、調子に乗って書いていたかもしれない。 私が誉められたといえば、母に代わりに書いてもらった読書感想文くらいだった。 (暴露・卑怯者です) もちろん、書かないから文章力もつくはずがない。 小学校まではかなり読んでいた本も読まなくなってしまい、いわば活字文化とは無縁の存在を20年ほど続けた。
文章力・表現力は、書くことで鍛えていくものだ。 でも、実は発想力・考察を深める力は、もう10代くらいで養われていて、歳をとると逆に乏しくなるのではなかろうか? そう考えれば、日々こつこつと文章に触れて勉強中の高校生・中学生が、素晴らしい作品を発表しても当然かもしれない。 しかも、人生とはうんぬん……よりもリストラの心配をしなければならない社会人に比べて深い哲学的な考察を深められる。いろいろな刺激を刺激として受け止められる。(大人は流さないとやってられないこともあるし)
などといえば、「じゃあ物書きも定年・引退か?」(^−^; いえいえ、そうではないでしょう。 『エーデムリング物語』を、もしも大学時代に書いていたとしたら……。 文章力も充分で、表現力も申し分なく仕上げられたとしても、あの頃の私には、今ほどの作品がかけたかどうか……。 活字からまったく触れなかった時代とはいえ、いろいろなことがあって、人生考え方も変わり、純粋に簡単に物事うんぬん考えられなくなった。 たぶん、昔よりも「こう思ってください! こう感じてください!」のような、私自身の魂の叫びみたいなものは、作品には反映されなくなっているだろう。 ほとばしるようなみずみずしさ、フレッシュジュースではなくなった。 (昔は書いていないので、比べようもないが(^0^;) 『エーデムリング物語』のテーマは、若かりし頃からまったく変化はないけれど、それを表現する私は変わった。だから、作品も変化してもっとまろやかになった。 ……たぶん熟成したのだと思う。
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