感想について、どうこう書くもの何度目だろう? 今回は『超長編小説同盟』さんのBBSで盛り上がったので、再び考え込んでしまいました。
相手を傷つけるようなことを書くな! といってしまえば、「雁も鳴かずば撃たれまい」で、感想を書こうとする動きが阻害されてしまいます。 だからといって、辛口でも思った通り書け! といってしまえば、「悪貨は良貨を駆逐する」で、誹謗中傷が感想と銘打って横行するかも知れない。 やんわりと……などといえば、おたがい傷の舐めあいのような、形だけの儀礼になってしまう危険性もある。 つまり、どんな態度で臨んでも、結局究極なるようにしかならんのだ。
前に私は『感想は応援歌』といったことがある。 今でもそう思う。でも、感想をその作者のためを思って書いているのではない。 自分の感性を磨くためだ。 その作品に触れて、自分は何を感じたのか? を、追求するために感想を書いている。だから、何も感じない作品には感想は書けない。 それに、そんな作品ならば応援する気にもならないしね。
もちろんあまりにもひどい作品を読まされたら……。 (人間不思議なことに、じゃあ読むな、とならずに、憎しの気持ちで読んでしまうこともあるのだ)つい、感想を書きたくなってしまうのだが、うんと我慢して書かない。書いたとしても公表しない。 負の感情を爆発させて、あまりいいことはないのだ。
これは私のやり方だけど……。 批評・書評をするときもすることがあるけれど、できるだけ自分個人の考えであることを強調する。 「私は……と思った」「私は……と感じた」すべてが自分中心の書き方だ。 一見、わがまま勝手な意見のように思えるかも知れないが、いわば、政治家が意見するとき「これは私の私見ですが……」に近い逃げ道である。 反論されれば、「これは私が感じたことで、一般論ではない」と、自分も逃げるかわりに、作者の方にも「全世界の人がそう思っているわけではない」と、逃げ道を作っておく。 傷つきやすい作者ならば、それでも落ち込んでしまうが、「ああ、こんな風に思う人もいるのね」程度に考えてくれるのではないか? などと勝手に思い込んでいる。 感想に負の要素を入れる場合、「テンポが悪い」と「私はテンポが悪いと感じた」ならば、同じようで少し違うのだ。主語が作品から自分になるだけで、作品に逃げ道が生れるのだ。
作者のために書いているわけではないから、アドバイスなど入れる必要もない。 もったいないなぁと感じたところは、もったいないなぁと書けばいい。 自分がなぜもったいないと感じたのかを書けばいいので、人がどのように思うだろうまでは書かなくてよい。 常識とか定説とか、書かなくてもよい。もちろん、親切で教えてあげるのはいいことだと思うが。
などと書いてはみても、私も感想を書いて苦情を言われたこともあるし、気まずい関係になってしまったこともある。 が……たぶん、仕方がないことなんだろうなぁ……。感性が違う人もいるわけだから。 感想は、感想なんだから。 作者が100%望む感じ方をしてあげられるわけ、ないじゃない。 感想を書くのも書き手の感性ならば、感想を受け止めるのもまた感性だ。 繊細な人は、繊細に受け止める。 受け取った辛口感想に嘆くくらいなら、無理せず、批評お断りとしてもいいと思う。 それを、向上心希薄とは思わない。
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