| 2002年12月24日(火) |
メリークリスマスは言わない |
我がショップのグリーティング・カードには【MERRY CHRISTMAS】の文字がない。 世界共通ということで、かわりにすべての宗教の人がもらっても気にならないメッセージをそえてあるのだそうだ。 クリスマスも祝って、神社に初詣にも行って、お盆に墓参りに行く【奇妙なほど恐るべき許容力】が日本人はあるのかも知れない。 でも、世界レベルではちょいとわけが違うんだなぁ……などと再認識させられた。 宗教のことは気を使わなければいけない。
以前、アメリカで小さなミュージカルを見たことがある。 英語がわからなかったのでよく内容がわからないけれど、大まかな話はこうだ。 舞台は現代で、悪魔がいろいろ悪さをするおかげで、主人公はさえない。 最後、主人公は悪魔と対決し、息も絶え絶えになる……そこで出た台詞。 「イエス・キリストよ……」 すると、悪魔が苦しみだして退散する。。。というお話。 思わず唖然……。(・・; しかし、もっと驚いたことに、そのシーンで回りの観客が受けることったら。。。 拍手喝采! 足踏み鳴らし、口笛まで……舞台は賞賛のうちに幕。 これは間違いなく、文化が違う。(^−^; 物語としてつまらないでしょう? この落ち……などと言おうものなら、きっと私は袋叩きかも???
このミュージカルで感動できるか、できないか……は、信仰があるか、ないか……に掛かっているらしく、あたりの空気と私の間に確かな壁を作った。 馴染めない不安感のようなものが、心のそこからわいてくる。 これは些細なことだけど、仔細じゃなくなると、きっとお互い敵同士みたいな感じになっていくんだろうな……。 どの宗教も、人殺しはいけないことだ……となっているはずなんだけれど、異教徒は人じゃなくなってしまう。 人が人らしく生きる指標としての宗教と、人と人に壁を作り、集団と集団のぶつかり合いになる宗教。 歴史を見ると、宗教戦争ばかりじゃないか……。
でも、本当は宗教っていろいろ融合して発展してきたんじゃないかな? とも思う。 イエス・キリストの誕生日……といわれているクリスマスだけど、本当にそうなのだろうか? 古代星読みをして占い、まつりごとをしてきた時代から、12月25日は特別な日だったという説もある。 冬至の日に近い……。つまり、北半球では昼が一番短い日となる。 陽光あふれる世界が闇に飲まれていく。 しかし、12月25日を境に太陽は生まれ変わり、また新たに力強く成長してゆく。 太陽の誕生日=救世主の誕生日に、この日ほどふさわしい日はない。 昔の伝道師たちは、きっとそのようなことを考えたのではないだろうか?
土着の信仰を受け入れ、飲み込んでいって、宗教は広がっていく。 人々の心を縛りつけようとしたり、昔からの信仰をないがしろにしたりした宗教は、やがて廃れていった。 だから、本当は宗教って、異宗教を許して認めて、共に歩めるはずなんじゃないだろうか……。 などと、クリスマスの夜に思ったりする。
……土着の信仰……。。。日本はもともと【やほよろづの神】なのだから、世界中の神様を同時に祭ったとしても、これは風土というしかない。 (^^; 別に悪いことではないし、とやかく言われて情けなく思う必要もない。 逆に、多くの神様を信仰せずとも認めてあげるキャパが、今世界に必要なのではないだろうか? 今宵は、日本全国・にわかに総クリスチャンになって 【メリークリスマス!】
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