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三崎綾+☆ 綾 姫 ☆の不定期日記
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☆ 綾 姫 ☆
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養護施設へ
2003年06月26日(木)
私が入院するのと同時に、娘は養護施設に預けました。
主人は仕事・私は病院・娘は施設と、初めて家族がばらばらになりました。 養護施設に預けて3日後、娘が高熱を出したと知らせが来ました。 すぐ私が入院している病院に連れて来て!! 娘は肺炎になっていました。即入院でした。 私は10階に、娘は7階に・・・離ればなれの入院生活となりました。 わたしは主治医と大喧嘩をしました。 「娘の付き添いをさせてくれ」 「今、無理すると命の保証が無い。絶対に駄目だ」 「だったら退院して付き添いする」 結局、主人が仕事を休んで付き添うことになりましたが、 私も治療の合間に、車椅子で娘の所に通っていました。 小児科の部長と主治医と話し合って、 娘は小児科で全面的に面倒をみてくれることになり、 主人は仕事へ、あたしは10階で、娘は小児科の看護婦さんに任せて。 娘は1週間ほどの入院で済みましたが、退院後そのまま施設に帰っていきました。 私は退院を見送る事も出来なかった。 そうして、また家族はばらばらになりました。 昨日退院して、今日免許の更新に行って、帰りに養護施設に行って来ました。 私は娘を連れて帰りたかった。 だけど、主人は「体調が少し戻るまで辛抱しろ」と言う。 解ってる。良くわかってる。今無理をすると命の保証が無いって事は。 でも、娘を抱きしめて上げたい。ごめんって謝りたい。一緒に寝たい。 窓越しに隠れて見た娘は、少し背が大きくなってたくましくなっていました。 涙が出ました。心の中で何度も謝りました。 「ごめんね。連れて帰って上げられなくて」 親のエゴで産んで、私がこんな身体だから施設に預ける事になってしまって、 娘はどう思ってるのだろう。親に捨てられたと思っているのだろうか。 子供なりに心に傷を付けてないだろうか・・・ こんな母親でごめんね。 私は「喘息の治療薬」「インスリン道具一式」「総合失調症」の薬を持ち歩く 生活となりました。 入院していた時は、「インスリン注射なんて楽々」と簡単に考えていましたけど、 いざ、帰宅して自分で血糖コントロールしようとしても、 病院に居る時みたいに、時間がきっちりならない。 1日3回の血糖チェックが2回になってしまってる。 すでにこれが問題なんだよね。 ちゃんと3回ご飯を食べて、血糖チェックして、インスリン打って・・・ これが出来ないと娘を迎えに行けないよね。 ん〜〜〜〜〜〜1日も早く娘を抱きしめて上げられるように、 あたしはちゃんと治療するぞ!! だって、娘は私の宝物で生き甲斐なんだもん(*^_^*) 入院中、総合失調症の勉強をしました。 パンフレットも沢山貰って帰ってきました。 少しずつ医療コラムに書いて行こうと思います♪ 今の私は、日記を書くのが精一杯です。 掲示板にレスを付けられなくて本当にごめんなさいね。 もう少し待ってて下さいね。 それと、サイト縮小の工事を少しずつ初めて居ます。 サイトが大きくなりすぎた。 これからの私は、無理が出来ない身体です。 自分で管理が出来るくらいに縮小します♪ あの事故から2年、ずっと無理をし続けて来た気がします。 寝る時間削って、いろんなものを削って、PCの前に座り続けて来ました。 もう無理はしません。のんびり行こうと思います(*^_^*) もしかしたら、すべての掲示板が無くなるかも知れません。 一方的発信となるかも知れません。 それでアクセスが減ったとしても、私は構わないと思っています。 無理をすることが、私のサイトに来てくれて居る人の願いでは無いと思ってる。 私らしく生きている事を、私の主張を聞きに来てくれて居ると思ってる。 掲示板なんかなくても、このサイトはなりたって行くと私は信じてる。 少しの間、自由にさせて下さいね。無理のないサイト管理が出来るように。 閉鎖だけは絶対に嫌だから(*^_^*) |
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