| 2009年12月30日(水) |
筑井先生のスケッチブック�� |
「人生いばらの道 にもかかわらず宴会」 樋野興夫・順天堂大教授
うーん。すごい言葉でしゅ。。。 しかもがん患者さんに対する 言葉と言うことで さらに凄味がある言葉でしゅ。。。
またしても寝坊。 早朝、父に面会は延期。
でも、まだ余裕がありましゅ。
昨日12月29日と同じ 湘南新宿ラインに余裕を持って乗車。
新宿小田急百貨店美術画廊に 寄る時間はありませんでしたが 京王新線に乗り換えて 初台へ。。。
今日は昨日より15分遅い 11時45分 東京オペラシティ楽屋口集合なので 楽勝でしゅ。
蟹江春香先生のすばらしい 柔軟体操と発声練習。
オケだけの ゲネプロが延びに延び 楽屋で長い長い待機の後 ようやく合唱団とのゲネプロ、 というより音合わせ。
最終日にもかかわらず 指揮者アナトーリー・リバルコ氏は オケに対してはかなりの注文を つけているものの 合唱団に対しては 要所要所をちょっとさらって 注文をつけるのみで すごくあっさりしていましゅ。
松下師によれば 合唱団に全幅の信頼を置いているため ということでしゅが それより もっと歌わせてほしいでしゅ。。。
でも 当初予定の 指揮:ウラジスラフ・カルクーリンが 指揮:アナトーリー・リバルコに 変更になって 大正解でしゅ。。。
短時間のゲネプロの後 楽屋で開演待ち。
今日は台所に放置されていた パンを持ち込み昼食。
混声合唱団コール・エッコ 演奏会の時に こゆきさんにいただいき 湘南新宿ライン乗車中 読んでいた 筑井先生のスケッチブック�� 発行日:2009年5月2日 発行者:筑井孝子 製本・印刷:凸版印刷株式会社 の残りを読了。
表紙裏に 筑井先生のサイン入り スケッチが描かれているのも 何か特別な一冊という感じで うれしいでしゅ。
それにしても 筑井孝子先生の描く群馬は なんて美しいんでしょう。
気候の良い時に 是非行ってみたくなる すばらしいスケッチの数々でしゅ。
こゆきさんに 改めて深甚の感謝でしゅ。。。
レニングラード国立歌劇場管弦楽団 「第九」 【公演日程】 2009年12月30日(水) 【時 間】 14:00開演 / 13:30開場 【会 場】 東京オペラシティー コンサートホール タケミツメモリアル 【出 演】 指揮:アナトーリー・リバルコ 管弦楽:レニングラード国立歌劇場管弦楽団 合唱指揮:松下耕 合唱:The Metropolitan Chorus of Tokyo ソリスト:ネチャエワ(ソプラノ) ピンチューク(アルト) カルポフ(テノール) マトヴェーエフ(バス) 【曲 目】 ベートーヴェン作曲 エグモント序曲 交響曲第9番「合唱付き」ニ短調op.125
今日は95%の入り。 1階に10席ほど 2階、3階に20席ほど 空席が見えましゅが あとは満席。
今日も客席には オペラグラス、双眼鏡を構えている お客さんがいましゅ。。。
オケも指揮者も 最終日とあって 乗りに乗っていましゅ。。。
楽屋のモニターからも ビンビン伝わってきましゅ。
12月28日の かったるい演奏は 何だったんでしょうか?
第九第2楽章が終わり 合唱団、ソリスト入場。
今夜も最後列ソプラノ隣の 好位置でしゅ。。。
合唱団、ソリストとも 第6夜、最終日とあって 力が入りましゅ。。。
第3楽章を聴きながら 2〜3度瞬間的に意識消失。
第4楽章はシャキーンとして バリトンソロからは 例によって 一瀉千里、 怒濤のごとき 音楽の流れで一気に プレスティッシモヘ。。。
昨夜を上回る充実した演奏と 盛大な拍手。
今夜のお客さんも オケ退場後も席を立たず 合唱団退席時には オケ退席時を上回る 盛大な拍手。
合唱団関係者は ほとんどいないであろう お客さんの拍手は お世辞ではないでしょう。。。
終演後 リハーサル室に全員集合。。。
松下先生のお言葉、 技術スタッフ 運営スタッフの紹介と拍手。
楽屋に戻り 着替え、 一般参加者には ギャラの支給。
1ステージ2000円。 Nandatte Cantabileは 5ステージ出演で合計10000円。
莫大な交通費の一部にも足りませんが ただで松下先生、蟹江先生の 濃厚なレッスンを受けられて上 レニングラード国立歌劇場管弦楽団の 伴奏で第九、その他の名曲の数々を 歌えたのでしゅから上等でしゅ。
お金には代えられない 深い満足感でしゅ。
松下先生、蟹江先生 耕友会はじめすべての関係者の皆さんと 参加を許してくださったカミさんに 深甚の感謝。。。
2009年12月20日から12月30日までの 11日間で7回の演奏会出演。。。
12月20日宇都宮音楽集団クリスマスチャリティコンサート :栃木県教育会館(この日は第九ではありませんでした) 12月22日レニングラード国立歌劇場管弦楽団クリスマススペシャル :オーチャードホール 12月23日佐野市民合唱団”Voice”+群馬交響楽団佐野第九演奏会 :佐野市文化会館 12月24日レニングラード国立歌劇場管弦楽団クリスマススペシャル :オーチャードホール 12月28日レニングラード国立歌劇場管弦楽団第九演奏会 :横浜みなとみらいホール 12月29日レニングラード国立歌劇場管弦楽団第九演奏会 :東京オペラシティ 12月30日レニングラード国立歌劇場管弦楽団第九演奏会 :東京オペラシティ
どう考えても 50過ぎの爺には やりすぎでしゅ。。。
2009年の第九は 2月14日第26回栃木女子高校芸術発表会 :栃木市文化会館大ホール 第4楽章のみ に始まり 12月22日、23日、24日、28日、29日、30日と合計7回。 1990年以来 多分新記録かタイ記録でしゅ。
そういえば先日カミさんに 「あんたそんなに第九やってたら死んじゃうかんね」 と嬉しそうに言われました。
合唱バカで ガチガチのルードヴィヒ信奉者の Nandatte Cantabile 第九歌って死ねれば嬉しいでしゅし Nandatte Cantabileが 第九歌い過ぎで死んじゃうと カミさんも嬉しいようなので やっぱり二人は 一心同体なのでしょう。。。
実は 12月23日 ほんとに死と隣り合わせだったのでしゅ。
第1楽章の前からステージ上に 並んでいたのでしゅが Nandatte Cantabile 例によって 最後列ソプラノ寄りの席でした。
ところがベンチには背もたれがなく 後の反響板までは約2メートル、 背後の下は平舞台まで約3メートル。
うっかり居眠りして 背後に転落すれば 死んでしまうのでした。
死んじゃえば 二人ともハッピーでしゅが 四肢麻痺で寝たきりになったら カミさんに捨てられるので 悲惨でしゅ。
で、当日は 眠って転落死しないように 体中をつねったり強く押して痛み刺激を加えたりで 眠気を払うのに必死でした。
それをカミさんが 見咎めて 「ステージ上で フラフラするんじゃない!」 と終演後 こっぴどく叱られました。
そう言えば 往年の「愛の妙薬」歌手、故・山路芳久さんは 毎年暮れに日本に出稼ぎに戻り 1988年12月は全17回の「第九」の 超過密スケジュールをこなしていましたが、 この年10回目の第九公演を終えた12月19日夜、 急性心筋梗塞で頓死しちゃいました。 享年38でした。
第九歌い過ぎての死、 ちょっぴりうらやましいでしゅ。
さて、耕友会第九解散後 この日のメイン・イヴェント 耕友会第九打ち上げ 会場:パスタフローラ東京オペラシティ店 開宴:16時30分
細長い会場でしたが Nandatte Cantabileは 中央付近 主賓の見える席に グローリア アンサンブル&クワイアーの A夫妻、Kさんと4人で座りました。
主賓は 松下先生、蟹江春香先生、 それに松下先生の友人で 急遽、聴きに来てくださった 世界合唱連合副理事長レオンなんたら氏 耕友会以外の合唱団ではオルガン伴奏はしないという 12月31日ジルベスターコンサートに出演の オルガニスト新山恵理さんなど。。。
メンバーの多くが非常に若い上 松下先生の稚気あふれるご性格ゆえか 最初から異様な盛り上がり。。。
まさしく 「人生いばらの道 にもかかわらず宴会」
耕友会内外の 各合唱団の紹介をするとのことで Nandatte Cantabileも カミさんが昔 アンサンブル・ギオーネにいたことと グローリア アンサンブル&クワイアーと 混声合唱団コール・エッコの 宣伝しちゃいました。
そしたら松下先生が 混声合唱団コール・エッコのことを ご存知のようで ローレベルの合唱団と紹介したら 「知ってる、ローレベルじゃないよ」 とおっしゃったようなのでびっくり。。。
最後は 結婚間近、新婚ホヤホヤの 団員カップルたちや 蟹江春香先生ご夫妻を 引っ張り出して 強制人前キス、 極めつけは 松下先生が夫婦の見本と グローリア アンサンブル&クワイアーから参加の Aご夫妻(奥さまは66歳アンサンブル・ギオーネ=耕友会)を 引っ張り出し またまた全員の前でキスを強要。。。
何なんだこの集団は!!!
すっかり当てられて 出来上がってしまったNandatte Cantabileでしゅが 当然のことながら 2次会へも同行。。。
東京オペラシティ近くの 呑み喰い処 こころ へ。。。
ここでは 「L.A.S.Ponder氏」の音楽カレンダー を去年から読んでくださっておられるという N氏ご夫妻から いろいろなお話をうかがう。
恐ろしいことなので 「L.A.S.Ponder氏」の音楽カレンダー は 有害サイトなので もうお読みにならないでくださいと 懇願しましたが 聞きいれていただけないようでした。
恐ろしい雰囲気に圧倒され Nandatte Cantabileも さらに盛り上がってしまいました。
解散後は初台駅入り口もわからず 新国立劇場の警備員さんに 2度も教わり ようやく京王新線に乗り込みました。
新宿からは 湘南新宿ライン籠原行き 普通車に乗り込み はやくも泥酔。。。
大宮で間一髪降車し 東北本線に乗り換えました。
あやうく高崎まで行っちゃう ところでした。
大宮からは超満員で 普通車は座れず グリーン車をおごっちゃいました。
帰宅は零時を回り 入浴、即入眠でした。。。
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