出会い頭に、 「秋の国があるんだよ」 と彼が言った。 「魂が震えるほどの芸術と、息を飲むほど鮮やかなスプリンターを生み出している国さ」 そしてコーヒーを飲む私の前に、テーブルからはみ出すくらい大きな紙を広げた。 世界地図だった。 「この辺にあるんだって」 指差したそこは、山脈の裾の巨大な森林地帯のすぐそばだった。南北を大国に挟まれ、東西に細長い国土だった。 「行ってみたいと思わないか?」 思わない、と私は答えた。 その時の私には、他人のことを考えているだけの余裕はなかった。ましてや、よその国のことなんてどうでもよかった。 第一に私はすでに一個の大人としてそこにあった。大人として果たさなければならない義務は両手に抱えても有り余る。 彼のように夢を見ていられるほど、子供ではなかった。 思わない、と答えた後に、ごめんね、と付け加えた。 ごめんね。 何て便利な言葉なのだろうか。これで私は形だけでも彼に謝ったことになり、彼も私を許さざるをえなくなる。 本当に便利な言葉だ。 「ごめんな」 彼は地図を畳みはじめた。ユーラシア大陸が半分になって、南アメリカと北アメリカが分断されて、太平洋は日付変更線から綺麗に割れた。 それから彼は二度と秋の国の話はしなくなった。私も聞きたいとは思わなかった。 けれど今。あれから幾度か秋を越えた。 私は秋の国にいる。 ***** 『秋の国 前編』の前にあたる話。 唐突に思いついたので。 まあ、なんだ。突然自分の昔の作風に戻りたくなったってこと。 高校時代の原稿読んでると、今より感性鋭くてどきっとする。 それが若さなのか。それともやっぱり退化してるってことか。 ふる氏とむ*氏には申し訳ないが、しばらくゲームのほうは忘れて好きなものを書き散らすことに没頭します。 飽きっぽいから二日くらいで終わると思うよ。 明日はまた紙束の整理をしようと思ってるんですが、その時に『切り裂く欲望とその先』ともう一本原稿出てきたらサイトにのっけます。 後者はミステリ中編。 感熱紙だったから消えてるかも。 まあ、ダメだったらダメということで。
|