鶴は千年、生活下手

2011年07月16日(土) ぐだぐだは続く

相変わらずぐだぐだである。
もう梅雨が明けてしまったのである。
梅雨明け十日という言葉があるとかで、梅雨明けすると晴天が続
くことを言うのだそうだ。
まさに、そのとおり!
連日のこの暑さはまったく。
などと文句ばかり言っていても涼しくなる訳ではないのだが。

来週当たり大型の台風が来そうな感じだが、来週は支援級の子ど
も達の宿泊学習が学校であるのだ。
夜には花火も予定しているのに、それに夕食はファミレスに食べ
に行くというのに、台風が来たらどうするんだろ?
風雨の中で学校に泊まるのか、自宅に帰ることになるのか。

ぐだぐだ母さんは、短歌脳も全く働かず、困った感じ。

人には、何もかも面倒くさく思える瞬間があるものだ。
その感覚を自覚しながら、面倒くさくても生きていくのが人間だ
と無意識に思い直して生きている。(わたしの場合は)
面倒くさいと思っても、生きるためには食べねばならず、子ども
がいれば食べさせなければならず、そのためになんとかしなくて
はならず、と。

生きているって、確かにいろいろ面倒くさいものだ。
しかし、その面倒臭さを補ってあまりある喜びがあるから生きて
いられるのだ。
それは、自分のことであったり、家族のことであったり、友人の
ことであったり。
1人で生きられないのは、生きるのが面倒くさくなったと思える
ときに、思い浮かべる顔が必要だからだ。
彼のために、彼女のために、生きていなければならないと思う。

ぐだぐだで毎日暮らしているが、ちゃんと生きている。
それは、自分を必要としてくれる存在があるからであり、何より
その存在のそばで自分自身が生きたいからである。
昨年の今頃、高熱を出して入院した。
海の日だった。

自分の体は自分だけのものではなく、大切にせねばならないもの
だと、夏は特に思う。


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市屋千鶴 [MAIL]