毎日それなりの品質の歌をつくるのは、ほんとに大変だと思った。 以前は毎日日記を更新していて、毎日のように短歌をつけていた が、それはいい歌かどうかとかまったく考えていなかったし、そ れはいまでもあまり変わらない。
しかし、それがちゃんとした企画のもとで歌人がやることととな ると、それはもう大変な作業なのだと思う。 東直子さんの「十階」を読んでいるが、一年間毎日綴られた歌の 数々が、その大変さを物語っているように思う。 (2007年の一年間の日記短歌である。) 東直子らしさを維持しているのか、では何が東直子らしさなのか。 いっときはそんなことも考えてみたが、読んでいるうちにそんな ことはどうでもいいのだと思った。 わたしが日記の最後に締めの言葉のように短歌をつけるように、 品質はだいぶ違うけれども、そのときに思ったことをそのときに 思い浮かんだ言葉で歌にする。 ただ、それだけなのだと思った。 それは批評したりされたりするたぐいのものではないような気が する。 人目にさらす以上、誰かが批評するのだろうし、技巧的な批判も あるのだろうが、それはそれとして、わたしにはその日に実際に 感じたことを言葉にして残していくことにこそ意味があるのだと 思える。 振り返ってみるときに、歌に綴られた言葉によってそのときの自 分の感情や状況が思い起こされればそれでいいのだと思う。
わたしがこうして今年に入ってまた日記の更新と短歌をつけるこ とを復活させたのも、いろんなことをちゃんと考えて言葉にした いと思ったのと、のちのち振り返るときのためにと思ったから。
しぼりだすように言葉を紡ぐとき繭よりいでよ白きひとひら(市屋千鶴)
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