昨日から、ニュースを見る度に大雪の様子が映し出される。 今日の11時現在の積雪量の情報の中に、山形県の肘折の積雪量 もあり、309センチとかだったように思う。 「ひじおり」と書いて、地元では「ひじょおり」と呼ぶ。 その字の如く、肘を折るなどの骨折などに効くと言われる湯治場 である。 肘折は、生まれ故郷から割と近い。 亡き母が、孫を連れてひと夏、田舎に行って暮らしていた頃に、 孫と肘折温泉で撮った写真があった。
で、とにかく、3メートルを越えたのだなと思った。 不謹慎ながら、「肘折で3メートルか。」と薄笑いしてしまった。 なぜ笑いが出たのだろうか。 画面に出た積雪量で、他のどこよりも多かったのがちょっとだけ うれしかったのか。 今思えば、不思議な感情である。 雪国育ちであるということを自慢に思っているのかもしれない。 こんな雪の中で暮らしてたんだよと、自慢したいのかもしれない。
確かに、少し自慢したい気がしている。 あんな大雪、昔みたいだと思ったりする。 わたしが一人で家の中で母の帰りを待っていた14歳の冬を思い 出させる。 ちょっと放っておくと、家の中に入れなくなるのだ。 道路は除雪した雪が壁のようになっていて、学校の帰りなどに道 路から家までたどり着くには、まずその壁をなんとかしなくては ならなかった。 車が来ても避けるところは無く、雪の壁に貼り付くようにして避 けていたし、車もとてもゆっくり走っていた。 それでも、坂になっていると、停まった車も滑ってきたりした。 (母もそれでコツンと車をぶつけたことが有った。)
どこもかしこも、雪に埋まってしまうのだ。 畑も田んぼも川も区別が無くなり、除雪されないと道すらも区別 ができなくなった。 中学校は、前面は田んぼで、裏(校庭の裏)は山だった。 (ちなみに、マラソンコースも山道だった。) 学校までの田んぼの中を、バス通りから学校までの道が走ってい るのだが、冬には除雪されないことが多い。 足跡だけの道になる。 先生方も、バスや歩きで学校に来たりしていた。 その道も、吹雪の後は道も田んぼも区別が無く真平になる。 人が歩いたところだけは足もとが固いのだが、一歩はずれると、 ずぶずぶと雪の中に入って行ってしまうのだった。 雪上車が来たことも有ったが、何があった時のことだったかは忘 れてしまった。
今ではもう、雪の中では暮らして行けない体(腎臓には強烈な暑 さも寒さも厳禁。)になってしまったのだが、寒休みがあった頃 の冬の景色は、いつまでたっても頭から消えることは無い。
しかし、中越地方の、地震の後のこの豪雪は、いったい神様も何 を思ってのことなのだろうかと問いただしたくなるよね。 地震が来ていなければ、この豪雪も、今年はまったく凄いもんだ ねぇ、というだけで済んだかもしれないのに。
何もかも一つの色に包み込み雪は冷たく重く固まる(市屋千鶴)
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