鶴は千年、生活下手

2004年10月10日(日) ぷらむの日

今日は、ぷらむ吟行の日。
わたしは午後の歌会からの参加だった。お茶当番。

今日は、新しく会員になられた方が一人と、通信会員の方が二人
いらしていて、初対面の方が三人。
それぞれの歌を一覧にして選歌していると、各人の好みがわかっ
て面白いものだ。

わたしは、南大沢に行くまでの電車の中で三首作った。

 待つ人のためにかけだす人を待つ楽しげな顔の人を楽しむ(市屋千鶴)

 抱きごこち抱かれごこちの相性を忘れたような街にまぎれる(市屋千鶴)

 半袖の人もコートの人もいる十月十日は秋をさがす日(市屋千鶴)

さすがに30分で作っただけのことはあって、再考の余地のある
歌ばかりだった。
まあ、かろうじて三首目がそのままで面白いという評価をいただ
いたくらい。

一首目は、上の句が読むほどに分かりにくくなってしまう歌。
一読してすっと受け取ってもらえた人と、なんだかわけがわから
なくなってしまうという人と分かれた。
作った時に、言葉遊びのような感覚だったことが災いしたようだ。

 彼の待つ場所に駆け出す彼女(ひと)を見る楽しげな顔の彼を楽しむ
                           (市屋千鶴)
こうすれば情景はわかりやすいのだろうが、自分が歌を思い付い
た時の感覚が薄れてしまいそうな気がする。
むずかしい。

2首目は、「街に抱かれる」という言葉があるように、街と人と
の相性というものがあると思うのだが、それを無視したような街
を歩いている感じを詠んでみたものだった。
「忘れたような」あたりが、もっと工夫の必要なところか。
おそらく、自分にとって、場違いな街を歩いているという感覚が
ある街は渋谷だろう。

 抱きごこち抱かれごこちの相性を今日は忘れて渋谷を歩く(市屋千鶴)
といったところか。

三首目は、今日の吟行のことを思って作った。
十月十日といえば、もとは体育の日だが、今は普通の日。
しかし、今日はみなさんが吟行で秋を探しているのだろうなと。

来月のお題は「眼鏡」。
これまた難しいお題だなぁと思う。

さて、我が家のテレビ。
朝、テレビをつけたらやっぱり赤いので、少し早めに家を出て、
家電量販店でテレビを買ってしまおうと思った。
ところが、テレビを置く場所のサイズを測って行かなかったので、
夫に電話で問い合わせたら、今日はだめだから買わないようにと
言われた。
電話する時、きっと怒られるだろうなと思っていたから、案の定
駄目だしをされたので、すごすごと電車に乗った。(ふぇ〜ん)
今日買って、明日には届けてもらえるようにしたかったのだが、
測って行かなかったわたしがいかんのだとあきらめた。

家に帰ってみると、夫はテレビをつけないでいたらしく、わたし
がテレビを付けてみたところ、元に戻っていた。
そのまま、普通に見ることが出来ている。
まあ、いつまでもつか、だと思うが。
だって、ぷらむの方にテレビが赤いと言ったら、それはもうだめ
でそのうちに映らなくなるわよ、自分のとこのテレビも同じだっ
たわと言われたから、うちのもきっと近いうちに映らなくなって
しまうのだろう。

今月は親戚の旅行があるので、出費は痛いんだけどなぁ。


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