鶴は千年、生活下手

2003年09月14日(日) ぷらむの日

今日は、ぷらむの日。
今日も午後から出勤という夫と、一緒に家を出た。
小田急多摩線の途中の駅まで一緒だ。
お昼は、久しぶりに箱根そば。 以前は結構食べていたのだが。

夕食をいっしょにとれるほど早くは帰れないだろうと言う夫を、
小田急多摩線の途中の駅で、いってらっしゃいと送り出した。
20分ほど余裕が有ったので、南大沢のヨーカドーのマタニティ
売り場に行ってみた。
秋物が出ていた。まだ高いので、もう少し待つか、冬物がでるの
を期待することにした。

今回のお題は「袋」だったが、題詠は二首しかできなかった。

 胃袋を蹴りあげることも有るという胎動までの日々を楽しむ
                         (市屋千鶴)
 エコバッグたずさえていく夕刻のスーパーからは声が溢れる
                         (市屋千鶴)
 <この空の濃さはどこから変わるのか>調査の旅に出る夢を見る
                         (市屋千鶴)

一首目は、最初に作ったのが8/11で、
 胃袋を蹴りあげることも有るという胎動はまだ認識の外(市屋千鶴)
という歌だった。
が、翌日に胎動を認識したので、少し変えてみたのだった。
八か月くらいになると、胎児の位置は決まって来るので、逆子で
なければ、胃袋を蹴られることも有ると聞いたことが有った。
そんな激しい胎動まではまだいたっていないので、今のところの
ぽこぽことした胎動の日々を楽しんでいるという歌のつもり。
だが、これだとまだ胎動を感じていないということになってしま
い、やはり下の句を工夫しなくては駄目なのだった。

二首目は、夕方に小田急相模原のヨーカドーまで買い物に行くこ
とを詠んでみた。
「エコバッグ」と「スーパー」がともにカタカナになっているの
で、「エコバッグ」をポイントにするために「スーパー」を別の
表現でカタカナでないものにした方がいいという指摘を受けた。
たしかにそうだが、「商店街から声が溢れる」というのもどうか。
スーパーだから、そこから声が溢れて来るという感じがするが、
商店街だと声が溢れて来るという印象が薄くなる。
東先生は、カタカナでないスーパーの名前を持ってきたらどうか
と言われた。なるほどと思う。
「たずさえていく」が散歩しに行くみたいなので、「たずさえゆ
けば」にしてはどうかとも指摘があった。
わたしにしてみれば、ヨーカドーまでの道のりは散歩に等しいの
ではあるが。

三首目は、どこも直されなかった歌。
「調査の旅に出る」というかっちりした表現が、前半のメルヘン
チックな課題に対して面白く、積極的な印象があると、他の方か
らもほめていただいた。
この歌、自分でも気に入っていたので、とてもうれしかった。
<この空の濃さはどこから変わるのか>
空の色のグラディエーションや天気の変わり目というような意味
にとられた方が多かったようだが、自分としては同じ青空でも、
都会と田舎では青さに違いが有るということがきっかけだった。
日本中が同じ晴天の日に、新幹線に乗って空を眺めて行ったらば、
どこから空の青さが濃くなるのかがわかるだろうか。

来月は、吟行。
プラネタリウムを見て、周辺を散策して、作歌する。
来月までは、出席できるかな。11月はどうだろうか。
妊娠中の様子を連作で作ってみたら、面白いシリーズになりそう
ですねと言われるわたし。
少しその気になったりする夕暮れ時。

 駅ビルが影絵になって行くころに空腹の胎児(こ)は母をつっつく
                          (市屋千鶴)
結句にしまりがないけど、まあ、こんなもん。


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