なぜ、寒いのだろうか。 薄着になってしまっているからか。 日が沈んでから、どんどん冷えてきている気がする。 (アイス食べたからとか、そういうんじゃなくてね。) 昨日の南寄りの風とは違って、今日は北寄りの風だったからなぁ。 日中は過ごしやすくても、夜になるとトレーナーに半纏まで着て しまう。
今日から五月だからといって、まあ、どうということもないのだ が、GWの後半はお天気続きで行楽日和のようだ。 アパート探しに奔走する我が家には、あまり関係はないのだが、 日当たりなどをチェックするには、いいかもしれないね。
五月といえば五月病。 新しい環境になって、がむしゃらに走っていたものが、GWとか でふっと気が抜けて、よく考えてみると自分は何をしてるんだろ うと思ってしまうのではないか。
人間、がむしゃらな時には体調不良にも気がつかないものだが、 一度立ち止まると、途端にいろんなことに気が付いてしまう。 緊張が緩んだ時に、体調は崩しやすいものだよね。 ちょうど五月って、そういう時期でも有って、体がちょっと辛い と訴える時は、心もちょっと辛かったりするものだからなぁ。
心の負担は体が庇おうとするし、体の不調は心が庇おうとする。 気を張って体の不調を庇っているうちはいいのだけれど、それも いっぱいいっぱいになると、心の方が悲鳴を上げる。 だけど、その時には体の方も心を庇うほどの力は残っていないわ けで、そうなると寝込むしか無くなるのだろうね。
わたしが急性胃炎で1週間入院した時、もう夫と暮らしていたが、 あの頃は、心の負担を体で庇いきれなくなっていたのだと思う。 仕事に対する不満というよりも、不信感。 できないことをできるといわなければならない罪悪感。 そんなものにじりじりと痛めつけられて、心が悲鳴を上げていた。 それを体力で庇おうとしていたのだけれど、限界をこえた。 会社が解散になった時、正直いってほっとした。 もうできる振りをしなくてもいいのだと思った。
会社解散後に、いくつかの取引先を回ったのだが、その時ばかり は正直な気持ちを言わせてもらった。 先方も、うすうす感付いていたことも有るらしく、なんだか同情 してもらったりもした。 それでも、自分が責任を持って作り上げたシステムの取引先だけ は、ずっと個人でも面倒見ますと断言し、それなりの報酬はいた だいたけれども対応してきたのだった。
急性胃炎で入院したのは、ちょうど五月。 五月になると、無くなってしまった会社のことをつらつら思う。 少しだけ、気持ちも冷えたりしてねぇ。
ギブアップするのが少し遅すぎて後に引けない会社解散(市屋千鶴)
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