今週は雨が多い。もう春間近なのだなぁと思う。
今朝、フジテレビの番組で代理母出産で子供を授かった人の話が 放送されていた。 夫と二人で少しだけ聞いた。
わたし達に子供がいないのは、おそらくはわたしの年齢が高いか らなのだろう。 夫は、自分の精子が少ないのではないかと思っているようだ。 ちゃんと調べてもらったわけではないから、本当のところはわか らない。分かったからどうなると言うものでもないから。 できないことをどうのこうのと思ったりはしない。 できないものはできないのだろう。 ただ、だからといって子づくりしないわけじゃない。 ちゃんと愛し合うし、避妊もしていない。
結婚したばかりの頃は、子供ができないのは大きな重圧だった。 夫の身内から、跡継ぎができないような女は嫁にできないという ようなことを言われたからだろう。 おまけに、そのころは夫と一緒にいる時間が短かった。 その短い時間でさえ、夫は寝てばかりいた。 毎週土曜日に、ソフトボールの練習をしていたが、夫と暮らすた めに引っ越してから、練習場まで1時間半かかるようになった。 午前中からでかけて練習が終わって帰ると、もう夜だった。 夫と一緒にいる事ができる土日のうちの1日を失ってしまうのが せつなくて、休部扱いにしてもらった。
今は、以前よりは一緒にいる時間が長くなった。 しかし、昨年のGWあけから続いている仕事のハードさが、夫の 帰宅時間を遅くしている。帰って来ない夫に、早く寝てしまう妻。 子づくりの機会は減る一方だ。(笑) (もう、この歳だからあきらめかけているのだけどね。)
自分が精神的に子供だから、子供ができないのだろうかと思った こともあるが、そうではなくて、子供がいないから精神的に子供 のままでいられるのかもしれないと思い始めた。
母になる資格がないから子供ができないなどと思ってはいけない。 母になる資格などなくても、子供は作れるのだ。 産んだだけで母になれるわけではないのだし。
子供ができにくいのは、時代を反映しているからだと思うように している。 なぜ、自分のところがと思わないこともないが、わたしの場合は 自分が晩婚であったこと自体にその原因の一つがあるのだから、 自分自身はあきらめがつきやすいというものだろう。
しかし、くよくよしたって子供ができるわけではないし、不妊治 療をするには歳をとりすぎているのだから、二人で楽しく生きて いくことを目標にしなくてはと思っている。 いや、もう十分に二人で楽しく生きているのだけどね。
本当に子供が好きならば、養子縁組してでも小さな命を育てるこ とを選ぶのだろうか。
子供のいないわたしは母ではなく、もう母を亡くしたわたしは、 子でもない。
親でなく子でない我の背中から生きる覚悟は見えていますか (市屋千鶴)
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