鶴は千年、生活下手

2003年02月10日(月) 雪の思い出1(暗め、長め)

今日から3日間のこの文章は、2000年11月にニフティの
短歌フォーラムで掲載したものをベースにしている。

今から29年前の2月10日の夜。
建国記念日の前夜だった。
母は、わたしを乗せ、吹雪の中を姉の下宿先に向かってジープを
走らせていた。
ジープといっても幌で覆われているやつで、暖房など効いている
のかいないのかわからないくらい隙間が有った。

母は、運転しながらわたしに話した。
父には借金が沢山有って、母の実家が多額の保証人になっている
こと。
それなのに父は他の女の人とどこかに逃げてしまったこと。
借金取りが来るから、年頃の姉はしばらく下宿先から帰らないよ
うにさせるということ。
祖母は親戚の家に遊びに行かせているし、祖父は心臓が弱かった
ので入院させていること。

わたしは、母の言葉をただ聞いていた。
窓に凍り付く雪をときおり、手で除きながらただただ聞いていた。
わたしには、何も言うことがなかった。

その後は、たった一人、雪に埋まった家の中で父を探して帰りの
遅くなる母を待つだけの生活だった。
学校にはとりあえず行っていたのだが、引っ切り無しになる電話
に閉口して、電話に布団をかけたりしていた。
真夜中になって、吹雪のなかを父を探しまわった母が帰ってくる。
一晩で入り口など塞がってしまうような雪の中、帰ってきた母が
雪を払う音が聞こえると、わたしは寝たふりをした。
寝たふりをしているわたしの枕元で、母は声を殺して泣いた。
寝たふりとは辛いもので、わたしは一緒に泣くことも、母を元気
づけることもできないでいた。
それでも、死ぬことだけは全く考えなかったという母にはとても
感謝している。

  吹雪く夜に父親探す母帰る 凍える体に熱きなみだよ
                       (市屋千鶴 1998.02作)
  声殺し泣く母に気づかぬふりをして寝ている我は何もしてやれず
                       (市屋千鶴 1998.02作)
  ああ、ここにいるぞと叫ぶわたしごと家ごと雪は消し去っていく
                       (市屋千鶴 2000.10作)

一人で留守番をしているわたしを不憫に思った父の姉が、何日間
か自分の家に泊めてくれた。
夕食を採りながらその伯母が言った言葉。
「お前を一人残しておくなんて、しょうがない母ちゃんだなぁ。」
しょうがないのは、母ではなくあなたの弟だと言ってやりたかった。
悪い人ではないが、自分達しか良く見えない人達。
父方の親戚には、わたしはボーッとした子供だと思われていたら
しい。
何も知らないで毎日暮らしていた訳ではないことを、あの人達は
全く気づいてなどいなかったのだろう。
いや、見えてすらいなかったのだろう。

  吹雪く道に身を投げ出して叫んだら誰かたすけてくれるだろうか
                       (市屋千鶴 2000.11作)

わたしの怒りは、どこにぶつければ良かったのだろうか。


 < 過去  INDEX  未来 >


市屋千鶴 [MAIL]