白虎草紙
『遙か』の白虎組についての四方山話、SSなどです。

2005年12月02日(金) ある児童書にちなんで


神戸つながりで。

岡田淳さんという、兵庫出身、神戸の大学を出て、
小学校の図工の先生をしていた作家さんがいて。

この人が、「雨やどりはすべり台の下で」という、
小学生向きのとても素敵なお話を書いています。

このお話は、グループ登校の仲間を中心とする
小中学生十人が、
近所の一人暮らしの男性との、
それぞれの持っている思い出・出来事を、
公園の土管の中で語ってゆくもので。


その男性は、子供たちと同じアパートの住人で、
いつも無口で人付き合いもまるで持たない「へんくつな人」だけど、
けれどその子供たちのためには、
不思議な優しい出来事をなぜか幾つも
起こしてくれていて。

とっつきにくい人ではあるけれど、
子供たちには魔法使いのように
思われているのです。


そんな、読むと心がじわりあたたまる、
とても素敵なお話でありながら…


けれど、最近の少年少女をめぐる事件を見ていると。

こういう「知らない大人」と「無垢な子供」が交わるお話は。

いつか敬遠される世になってゆくのでないかと感じます。


私が小さかった頃には。
公園に来た知らないおじちゃんが、
50円で紙芝居を見せてくれ、風船をくれたり。

そのおじちゃんが来るのを友達と楽しみに
待ちわびたものですが。

今、自分が子供の親なら。
「知っている大人がそばに居ないとき、
ひとりの時には絶対近づかないでね」。

そう、子供に言わずにいられないのだろうと思います。
 
 

いつ、何のせいで環境が大きく変わってしまったか。


「キレる」という言葉が一般的になったのとそれは
流れを同じくするのではと考えたりします。


よくも悪くも感情が高ぶることは抑えられるものでない。

人やものに感動するとき、それを「あ、今
感動しようとしている」と気づいて抑えられるものではない。


けれど、悪い感情が起きるのは抑えられないとしても。

その次のアクションに踏み出さないことは、
そこで踏みこたえることはきっと努力で
可能だと思う。


悪い感情が「あ、起きてしまった」と意識するとき。

それをいかに自分の中で抑えるか。
みじんも外に出さないよう、少しも顔に出ないよう、
その恥ずかしいさまをほかの誰かに気づかれないよう。

人に拳を振り上げないよう。
言葉の刃を振りかざさないよう。


もしも自分が親になれたなら、
自分がそれに気をつけることで、
鏡となり、
「キレナイ」子供を育てたいと強く思う。


そう書く自分自身は、全然修行が足りないのだけれど…
 
 
 
 


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桂子 [HOMEPAGE]