「バッシング」という映画を観た。 この作品はいわゆる話題作。 中東での邦人人質事件をテーマとしている。 解放されて帰国した邦人、とある少女が「自己責任」「迷惑」と、社会的にバッシングされ、彼女だけではなく、その家族までもが巻き込まれてしまう……。 内容は、歯がゆいほど切ない。 いい作品だ。 劇中のある部分、「ボランティア」についてヒロインが語るシーンがある。 彼女は、もはや日本国内での居場所を社会的にも失わされてしまい、誰とも繋がりを持つことを許されなくなる。 「向こうの子供は大喜びしてくれるの……」 彼女は繋がりを「ボランティア」に求めてゆくような暗示があった。 「ボランティア」とは、いったいどんな存在なのか? 誰が主導なのか? 自分のため? 誰かのため? 考えること自体がナンセンスなのかもしれない……。 考えた時点で、それは本当の意味を失ってしまう、はかないものなのかもしれない……。 今日の歩数は 「9497」
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