夢見る汗牛充棟
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『とほほ〜な話』
私は小さな会社の事務員です。名前はないしょ。 今日は、数年前にあったかなちい出来事についてお話します。
商品売上も工事代金も一月分を決まった日で締めて、んで 請求しますよね。 んで、相手も翌月の決まった日にお金をくれる。 でも、入金が遅れたりなんかすると、一応確認の電話するわけです。まぁ、軽く問い合わせ。 「金払え〜。すぐ払え〜。たちどころに払え〜。」 などと目くじら立てて凄んだりはしません。 消費者金融じゃないもんね。 「ご入金の件で確認させていただきたいのですが…」 とかなんとか言って経理の人に問い合わせるわけ。
ある日、やっぱし軽い気持ちで入金が遅れた会社に問い合わせを しました。
「××と申します。いつもお世話になっております。あの…」 本題に入ろうとした私の一瞬の隙を突いての先制攻撃でした。 「専務が今朝方、社印や手形、小切手帳一切合切持って逃げちゃったんです…」 泣きそうな声でした。
「は?」
電話の向こうは、そこのまだ若い社長さんでした。途方に暮れた声で、 「どうしたらいいんでしょ〜ね〜」 「………」 どうしたらいいのかわからないのは私でした。 そんなこと聞かれてもかなり困ります。 途方に暮れた社長さんと途方に暮れた私は、受話器越しに深く重く沈黙しました。
しーーーーん。
その会社はもちろんもうありません。
でも、売掛金残としてまだ償却されずに残っているので、 見るたびにその日のこと思い出してしまうのです。 社長さんのことより、逃げちゃった専務さんのこと。 手形はその辺の怪しい金融業者で割っちゃえばいいけれど、 小切手はばれる前に換金できたのかも知れないけれど…。 いくばくかのお金手に入れたその専務さんが無くしちゃったものは、 きっともっと高価なものなんじゃないだろうか。 奥さんや、子供とか。社会的な生活。 そう考えると、なんだかとっても、とほほだなぁと思うのです。
小さな家でも、ご飯が食べられて、みんなで笑ったりできて、仲良しで。 そういうほうが私には素敵に思えるんだけど。 人間は多様だから、その価値観も多様なんだといってしまえばそれまでなんだけど。
でも、新聞やニュースで損したなぁ…と思うニュースはいくらでもあって、 それは第三者だからそう思えるのかもしれない。 時々ふと魔が差したり、計算ミスをしでかしたり、そういうのが不意に人間を 戻れない結末に突き落とすんだとしたらすごく怖いこと。
私の目の前にだって、そんな落とし穴が口を開けて待っているのかもしれないんですから。
くわばら、くわばら。
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