★悠悠自適な日記☆
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毎日学校で色んな人に出会い、話をして、様々な刺激を受ける。充実した毎日である。私の周りは、意欲的に創作活動に励んでいる人が多い。そして私もそのうちの一人。私の活動が、ほかの人の刺激になって意欲を掻き立てているという話も時々耳にする。創作・芸術・アート・演劇・舞踊…耳を塞いでも塞いでも聞こえてくるこの言葉。
私は良い刺激を受けているはずだ!そうであるはずなのに、私はとても窮屈で、苦しい。
今の生活を送るようになって、ひとつ、失ったものがある。
音が遠い。とても、とても。
私は昔から、人の言葉が、意思が、温度が、自然が音で聞こえていた。自分の気持ちは言葉にするよりも、音にして、そのメロディを口ずさんでいる方が楽だったのである。音にしている瞬間、私は自由だった。
でも、今は、すべてがそのまま。人の言葉も、自分の気持ちも、やっぱり言葉は言葉のまま聞こえてくる。
それは、自分の気持ちや感じたことを、言葉に翻訳するように求められてきたせいかもしれない。そしてその作業は、創作をする上で、執筆をする上で、悪くはない作業なのだろう。
思ったことや考えたことを的確に言葉にして、それを伝えることのできる喜び、そのことには喜びを感じる。だけど失った音、これはどこにいってしまったのだろう。あんなにも身近だった音が、今の私にはすごく遠い。
私は芸術に、アートに、創作という言葉にがんじがらめになっているのかもしれない。今、私は見られることにとても恐怖を覚える。私は私で、私のままなのに、私がこれから示すものがこれを私の全てだと思われたら恐いなという恐怖、重圧。それは今の自分に自信がないからで、自由に、自由に、自由に、自由に…自由になりたい。自由なはずなのに、自由が何かわからない。もっと自分勝手に生きれたらいいのに、私は振り回される。私はクリエーターでありながら、アートに殺される。
殺されてなるものか。失った音を失ったままにしておくものか。
今やっていることが一段落着いたら、もっと他のことに目を向けよう。勉強をしよう。本を読もう。些細な日常の動きに注目しよう。自分や人の気持ちの変化にもっと敏感でいよう。
もう一度、音楽が私の手の内に還ってきますように。
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