Leonna's Anahori Journal
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2004年10月30日(土) 冷たい雨

地下鉄丸の内線、茗荷谷駅で見覚えのある初老の男性を見かける。短くて硬そうな半白の髪をきっちりと分けて撫で付けている。誰だったっけ。以前勤めていた会社で同じフロアにいた人ではないかと思うのだが。私は派遣で働いていたときも含めるとお世話になった会社の数は二桁になるので、どこの誰だったか、咄嗟に思い出せない。

思い出せないまますれちがい、寒さを避けて近くのベーカリーカフェに入る。寒いばかりか、ざーざー雨が降っている。セーターのうえに薄手のコートを羽織ってもまだ寒い。あいているテーブルをみつけて座ると、おや、すぐ斜め前の席に先ほどの男性が座っているではないか。テーブルを挟んで彼と向かい合っているのはスーツ姿の若い男性で、相槌をうちながら熱心にメモをとっている。初老の男性の口から流れ出る言葉は途切れることなく、その中に時折「アメリカ」「ブッシュ」「自衛隊」等の単語が混じる。

瞬間、初老の男性が誰であったか思い出した。中東情勢に詳しい某大学教授の某氏だ。9.17からアフガン空爆、イラク攻撃と、ワイドショーやニュース番組でこれらのことが取り上げられるたびに、コメンテーターとして頻繁に目にした識者のうちのひとりだった。
 
  
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イラクでまたひとり、捕らえられて人質になっているひとがいる。しかも今度の犯人はアルカイダに関連のある組織で、声明も出ている。さらに悪いことに、この組織はこれまでも何カ国かの人間を人質にとり、要求が受け入れられないとみると予告どおりに殺害してきているのだ。交渉に応じる可能性は、ほぼない。時間稼ぎもできない。

こういう状況で「人質になった男性をどう思いますか」と街頭インタビューをかましたニュース番組(夕方。民放)があった。そうしたら、なかにひとり「自分の勝手で行ったのだから死んでも仕方ない。新潟の地震で大変な目に遭っているひとがいる。そっちの方が大事」と答えた中年女性がいた。オー・ララ。どこから見てもお母ちゃんという感じのフツーの中年女性が、にこりともせずにそうのたまった。

TV局とすれば、まったく無視するわけにもいかない、何かしらの形でこの事件を取り上げなければという思いがあったのかもしれないが、こういうインタビュー、そして質問内容、あんまりにも紋切り型ではないか。こういうことをしてどんな意味があるのだ。それで訊いてみて、一体どんな(パターンの)答えが返ってくると思っていたのだ。

何人のひとにインタビューしたのか、答えの内容(パターン数)がいくつあるのかもまったく分からないのだが、結局みんな「カワイソウ助けてあげてほしい」「しょうがないんじゃないの」「危ない」「なんで行ったんだ」くらいのことしか言っていない。当たり前だ、ほかにどう言いようがある。政府関係者だってどうしたらいいかわからないんだから。
一応やるだけやってみて、つまらないコーナーしか作れないと思ったらやめればよかったのにな。
 
  
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ここからは、蛇足の深読みコーナー。
あの「死んでも仕方ない」のオバサン。突然の街頭インタビューに内心舞い上がって、ついああいう言葉を発してしまったのではないだろうか。

いや、最終的に最悪の結果になっても「致し方ない」というのは彼女の本心。「人騒がせな。新潟だって大変な思いしてるのに」という思いも確かにある。しかし彼女も人の子、人の親(恐らく)。一言ではいわく言いがたい感情だってあるのだ。その一言では言い表せない気持ちを、TV向けに短く言い切ってみた。それがああいう異様に直裁で容赦のない言い方になったのではないか、と。

それに。なんたってTVに映るのだ。TV出演なんてこれが最初で最後かもしれない。なんとか短い時間、短い言葉でもって際立ちたい。ほかの人より目立ちたい…。と、まあ、私の個人的かつ勝手な憶測を書くとこういうことになるのだが。“際立ちたい”というエゴが表現(言葉)を誤らせるというのは往々にしてあることだと思うのだがどうだろうか。

もちろん、あのオバサンが根っからの冷血オバサンで、ぜ−んぶ本心ざますよ何処がいけないざます、の可能性だってある。というより、深読みしないでフツーにとればそうなりますわね。
だとしたら、だとしたら、、、、ケッ!いやな渡世だぜ!とでも吐き捨てて、生きていくよりないんでしょうね、やっぱね。
 
 
 


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