Leonna's Anahori Journal
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2003年04月09日(水) ボウリング・フォー・コロンバイン

やっと『ボウリング・フォー・コロンバイン』を観る。水曜日はレディスデイで、女性は1000円だった。

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この映画を観るにあたりただひとつ心配だったのは、上映中、義憤に駆られたワタクシがやおら椅子を蹴ってバーン!と立ち上がったりしたらどうしよう、ということだった(笑)。いやいや、笑い事ではなくて。映画の内容や自分の性格、それに最近のイラク情勢のことなどを考えあわせれば、まったくあり得ないことではない。

そして。結果的に、バーン!はやらずにすんだ。やらなかったかわりに、目からちょっとばっかし塩水が出た。不測の事態だ。まさかこの映画で、泣くとは思わなんだ。

塩水が出たその下地には、やはりイラクのことがあった。
つまり、TVで傷ついたイラク市民の姿を観、傷が痛くと泣きわめく子供の声を聞いた記憶も生々しい状態で、今度は、学校の教室で乱射事件に巻き込まれた先生の助けを呼ぶ声(救急との交信記録のテープ)を聞いたわけで…。まともな人間ならこういうとき、あまり楽しい気分にはなれない。

悲しいとかカワイソウだとかいうよりも、ガックリきたという感じだった。血圧が低ーくなって、ものすごく憂鬱だった。こういうのを軽い抑鬱状態と呼ぶ。原因は、科学の(もっとはっきり書くなら武器や兵器の)進歩に比べて、人間の意識の進化が遅れ過ぎてるってこと、そのことに改めて直面したことだ。こんなにかなしい映画、私はかつて観たことがない。

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この映画は日本で公開される前からかなり話題になっていて、国内で公開されてからはメディアでも取り上げられることが多かったから、だいたいの内容についてはすでに知っていた。
米国とカナダのセキュリティに対する感覚(ひいては他者に対する警戒心)の違いについての部分などは、TVですでに観ていたし。

だから実際に映画館でスクリーンを観ながら、ああ、これがみんなを唸らせたマリリン・マンソンのインタビューシーン、これがサウスパークのヒトが作った歴史アニメの部分、ナルホドナルホドと、いちいち納得しながら観た。しかしだからといって、つまらなかったという訳でもない。ネタバレしたからつまらなくなるような映画ではないのだ、これは。(そもそも、そう思ってたら観に行かない)

この映画の肝(キモ)は、暴力へと向かう人間の性質・本性についてのストレートな斬り込みだろう。時と場合、しがらみや損得勘定で形を変える“暴力の理由”の、そのまた奥にある“暴力の原点”に焦点を当てている点が画期的なのだ。

人間が、こういう自らの持つ性質について客観的な目を向けない限り、暴力は拡大再生産され続けてしまう。かなしい話だけれど、興味のあるひとは観るといいと思う。
 
 


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