2007年06月22日(金) たまに見る楓の夢

楓が逝って一ヶ月。
口にはしていなかったが、たまにかえでの夢を見た。
直前の苦しみを見ていないからかもしれないが、どれも、かえでは元気そうに見えた。

そして昨日。
実家で昼寝をしていると(ほんの十数分)、楓の夢を見た。
多分、こっちに駆け寄っているんだと思う。
けれど、こっちにたどり着く前に目が覚めてしまった。

あんまり、夢で会えたら、とかは思わないんだけれどね。
ただ、楓はうちに来て満足だっただろう、という確信と、少し早いかもしれないけれど、みんなに看取られて逝った。
そのことだけがおいらの自己満足的に、楓の犬生がいいものであったと処理されている。

楓の夢を見た話を実家で昼飯時にする。
すると、子どもにご飯をあげながらだったので、正面に座る両親を見てビックリ。
父親も母親も涙だらだらなのだ。
一応、うそでもいい、うちの居間にいて、少しはなれたところで尻尾を振って笑ってたよ(犬を飼った人ならわかるんだけど、犬は笑うんだよね。人間が笑うみたいに口角を上げるわけではないけれど)といっておいた。
「死にたくなかった?」と聞く母。
「そりゃわからん」と答えるおいら。そりゃ、死にたくはないだろう。
けれど、それをいったところでどうにもならん。

ガンの手術をしたときに、すでに心臓の異常は発見されていた。
けれども、心臓だけに、手の施しようもなかったのは事実。
柴は、結構心肥大が多いらしい。

両親はまだ楓の夢を見ていない様子。
おいらは、結構存在は感じるんだよな。
気配、というよりは、においとかそういうの。
付着しているものの残りだ、と説明はできるけれど、あまりそれに意味はない。
とりあえずは、家族に対する影響が大きい子だったのだな、と理解し、日々の生活に戻っている。

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新しい子の名前が決まらない。
まだ、手元に来ていないからかもしれないが、あやめもなつめもしっくりこないという大多数。
まあ、焦ることはない。
見た後決めたっていいんだし。
どこかで楓の埋め合わせをしようとしている。
けど、それは新しく来た犬にとって負担な気がするなあ。
二歳児だって負担を感じるんだし。


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彩葉 [MAIL]

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