正月後の生活は朝四時に起きて、飯食って五時半に家出て、仕事して二時半にかえって来て、ゆうと少し遊んで五時半くらいに風呂入れて、飯食わせたら一緒に寝ちゃう。 毎日これ。 二人目が生まれたらどうなるのか心配すぎます 世の中のお父さん、よく遊んでいる時間あるよね。 羨ましくはないけど、よく家庭崩壊しないな、と思う今日このごろ
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最近、ガス馬車御者に釣り銭を多く渡してしまった、という問い合わせを多く受ける。 詳細は書かないけれど、会社に問い合わせてくるわけだ。 なんか、人間性を疑うよね。 どこかのHPで手法を公開されているそうなので、うちの会社としては断固とした措置をとるそうで。 遅いわ。
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洗車屋さん。 大手のガス馬車会社なら必ずあるであろう、免停ガス馬車御者救済システム。 一人1000円で中まできちっと洗車する。マットから内壁から、天井からホイールまで。 そのレベルはスタンドの比ではない。 何しろ、全部手洗いだからね。 何でこれが儲かるかというと、洗車屋さんのレベルが一定だから。 そうすることによって、相番の人が一定レベルの清掃されたレベルの車を受け取れる。 洗車の技術は人それぞれで、ここまでやればいい、という線は人によって異なる。 なので、自分で洗う人も、ガス馬車に関しては洗車屋に頼むことも多い。 そうすれば、洗車でのトラブルはないわけだから。 で、これを会社が容認している場合がほとんどなのだが、ある貧乏ガス馬車御者が、納金すら払えなくて、仕方ないので、知り合いのガス馬車御者のガス馬車を 千円で洗い始めた。 しかし、これは洗車屋さんの領域を侵す行為。
なので、洗車屋さんが事務所に言ってきたわけだ。 洗車屋さんは、うちの場合公認ではないが、それなりに会社の仕事を手伝ってもらっている節もあって、持ちつ持たれつの関係が成り立っている。 それを、貧乏が理由で、洗車屋の職場に入ってこられては困る、というわけだ。 ただ、その貧乏ガス馬車に洗わせている人たちは、自分で洗っていた人たちがほとんど。 誰に洗わせようが自分たちのかってだろう、という考えも確かにある。実際には、それでだいぶ洗車屋のクレーム自体にだいぶ反発している。 中には『洗車屋は会社が認めている正式な社内向け事業ならば、消費税を払わなきゃいけないんじゃないか』とまあ、本当に重箱の隅をつつくような意見すら出てきた。 それじゃ、社員に弁当を作ってきて弁当代をとるパートのおばちゃんとかのだって、だめだってことじゃん。
本来はおいらがでしゃばることではないのだが、仲のいいガス馬車御者に助言する。
結局、お互いに我を張っていたら、必要以上にお互いを傷つけあうことになってしまう。 自分の主張を正当化するためにいろいろ言うのはかまわないけれども、その分相手も自分の主張を正当化するために相手の行動の揚げ足を取ってくるよ。 であれば、ほどほどのところで落としどころを見つけるしかない。 今回の場合は、話の優劣をつけようとすると、最終的には貧乏ガス馬車御者の生活態度まで話が行ってしまう。つまりは、洗車屋さんの領域を侵さなくても生活できるような自制した生活を送らないのが悪い、と言う結論に行きかねない。 であれば、貧乏ガス馬車御者を救済したければ、実際のお金の動きと名目とを変えればいい。 千円を彼に上げるのに、洗車代、という名目だから洗車屋ともめる。 であれば、実際に提供するサービスは洗車でも、お金の名目を買えればいい。 別のサービスの提供を受けているから千円を渡しているんだよ、という風に。 また、授受も洗車終了後のその場でやるからおかしくなる。 後日、でいいじゃないか。
おいらに助言を求めにきたガス馬車御者は納得して帰っていった。 いい年こいて、そういうこともできない四十五十の大人が情けない。 そりゃ、妹殺して切り刻む子どもが育つし、家に放火する子どもが育つわけだよ。 親がこれだもん。道理を教えられないよ。子どもに。
やっぱり時代なのかなあ。みっともなくていえない話だよ、そんなの。
でも、これってマネーロンダリング、なんだよな(−−; おいらも助言で後ろに手が回るか?(^^;
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