さて今年も残すところ最後(書いてるのはすでに除夜の鐘鳴り終わり、一時間以上経過してます。ゆずっこを寝かしつけていてそのまま寝てしまい、何度か起きたものの、起きだしたのは年明け一時間後。紅白? 今年は存在そのものも知りませんでした)。恒例の一年の振り返りを記して、年明けを迎えたいと思います。
今年は、あまりにいろいろなことがありました。なので、集約すると『変革と切り崩し』でした。具体的には、転居、転職なわけですが。順を追って書いたほうがいいのかな(誰も見てないから別にいいといえばいいけど)。なので、大まかな流れを書いていきます。
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おととしの十一月から新規事業と称し、老人福祉施設の送迎の運行管理及びガス馬車御者の派遣、そして自分自身がガス馬車御者として出動をしたりした。 極端な話、送迎に従事する人間からすれば、お年寄り(介護度高の人たちは特に)は、物言う荷物(しかも割れ物で生もの)。言っている内容は会話にならないが、負の感情だけは良く覚えていて、それがお客さんの家族を通じて上がってくる。それがヘルパーの愚痴だったり、予定到着時刻の遅延(五分前後だけど)だったり。だが、介護施設はそれをガス馬車御者のせいにしたため、その弁明に追われていることが多かった。 まあ、それは事務方の話だけれども、おいらは極力現場に足を運ぶようにしていたので、その大変さは身をもって体験していた。 そこに来て、実家の祖母の痴呆の進行と介護度の上昇。さらに、一昨年の伯父の死。 自分がいなければだめなんだ、と思った。棺おけに横たわる父の姿が容易に想像できてしまった。介護を通じての三者(父、母、祖母)の対立。それぞれが家内に味方がおらず、介護で疲弊する実家は解体間際だった。
加え、ゆずの病院体制の異常とおいらの職場と保育園との兼ね合い。 二人ともが働いていると、ゆずっこを育てることが困難になっていた。当初はゆずの実家に頼ることを考えていたのだが、無理であることが判明したからだ。
上記の内容をすべて解決する方法として、転職と転居、という選択をとったわけだ。
新規事業の引継ぎを、アホに行ったわけだが、結局ハゲが全部したようだ。 新規事業向けに開発したエクセルのソフトは、ハゲ仕様に作り変えた。 加えて、四月一日に大型ガス馬車御者の路線変更があったりしたため、それが片付いてからの退職となった。 でも、立つ鳥跡を濁さず、ではないが、業務が回るように退職後もしばらくフォローアップしていたため、未だに前の会社にはよくしてもらっている。 群馬が第二の故郷になった。 新規事業は、介護保険の制度変更のため、今年の十一月に終焉した。 自分で言うのもなんだが、はげとおいらの仕事はほぼ完璧だった(ミスはあったが、そのミスを補って余りあるフォローをお互いにしていた)。そして、ガス馬車御者たちもそれに完璧に答えてくれた。 立ち上げ当時からいたガス馬車御者二人に、途中で追加となったひとりが、最後の日に花束を貰ったことでも、施設内での信頼が絶大であったことを物語っている。 それはおいらやハゲにもいえることで、会社を辞めて二ヵ月後くらいにゆずの母親の事故で実家に行ったときに、その介護施設の人に会ったのだが、おいらのことは覚えていてくれた。 群馬での戦いは終焉した。 いろいろ細かい文句はあったが、群馬での戦いはおいらを強くした。
引越しが完了し、ゆずが群馬帰りたい症候群となった。具体的に帰りたいといっていたわけではないのだが、転居のショックで無気力になってしまったのだ。何をするのもやる気がない。 実は、これが第二子の妊娠初期、つわりなわけだが。
この日から第二のおいらの戦いが始まった。 会社で新しい仕事を覚え、300人以上いる従業員(その九割八分がガス馬車御者だが)の顔と名前を覚え、さらに家での家事。東京が初めての人たちのフォロー。 一番ショックだったのは、群馬での五年で体が思った以上に痛んでいたということ。保険の利くマッサージ店と歯医者の通院。さらに、ゆず退職による収入の激減と、それによる貯金の切り崩し。そして、体力の切り崩し。 今は、体力を温存しながら戦わないと、おいら自身が参ってしまう。 ここ数ヶ月、ゆずっこと一緒に寝て、翌朝四時に起きる生活が続いている。 睡眠時間だけで八時間。自分の趣味は一切できていない。 また趣味をやろうとすると、生活が立ち行かなくなる事実もある。 ガス馬車業界は給料安いのよ。
今回の戦いは、決して楽ではないだろうが、やりぬくしかない。 来年の一月にはまた家族が増える。 場合によっては、おいらはもう一度ガス馬車に乗れるようにする必要があるかもしれない。 そう考えていて、ゆずが入院している一週間のうちに、乗れる体制を整えてしまおうと思っている。東京のガス馬車御者は、23区とその周囲のごく一部の地域においては、東京ガス馬車センターの統括下にあり、そこの試験を通らないと二種免を持っていても営業できないのだ。
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書いてみて、なんかあまり大変さは伝わってきませんな。 まあ、大変さ、なんてのはこまごまとした問題の蓄積だからね。 そんなこまごました問題をいちいち書いていては総括じゃなくなっちゃう。 別にいいか。
元旦も二日も仕事です。 元旦に働くのは初めてかな。 群馬では、元旦から三日までは休んでた。 四日から金融機関が始まるからね。 今回は正直そういったこまごました気遣いは必要ないけれど、まだ仕事の全貌が見えておらず、個人プレーの集合体な人たちのおかげで、未だに作業が系統立ててわかっていない。 まあ、良くも悪くも会社、なんだよねえ。上意下達の組織、なんだね。でも、その上意が伝わってこないんだけど。
経営者に準ずる立場にいたことのあるおいらからすると、全体が見えないのがなんとも歯がゆい。しかし、理屈だけじゃない、それぞれの人の事情とかを垣間見てきた経験は、ガス馬車御者と向かいあうに当たってこれからもずっと役に立っていくだろう。そして、いつのか経営者になる日が来るかもしれない。 そのときにこの力は使っていけるはずだ。
あんまり考えても意味がない。 とりあえず、一日一日の目標をこなしていくことを考えよう。 一日500円(爆)
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