| 2006年12月19日(火) |
こっちは楽しい飲み会 |
半年以上ぶりに、悪がき三人組集まりました。 新宿での飲み。 今回は、おいらも帰りの時間や手段を気にしなくていいため、こしをすえてじっくりと楽しめました。
二児の父は、まだ沖縄。 あと一年三ヶ月ほどで東京の本社に転勤になるそうだ。 また、うちの傍の社宅に入るのかと思いきや、社宅がまだいろんなところにあるそうで、そこに戻るとは限らないそうだ。 うーん、羨ましい。 ただ、ゆずがそこのかみさん宅に遊びにいきたいという話をしているから、できれば近くがいいな、なんて思ったりして。 まあ、実際は、その頃はゆずも働き始めているだろうから、そう簡単には予定は会わないだろうけれど。
もう一人のほうは、現在の職場にまだ残るつもりのようだ。 全く畑違いのところに送り込まれ、一時期は悩んだそうだが(今も悩んでいるのかもしれないが)今は勉強の時期、と割り切っているのだそうだ。 そうだなー。 それがいいのかもしれない。 自分の畑違いのところに送り込まれたことを不満に思いやめる人間の多い中、彼のメンタル面は賞賛に値する。 それがそのまま仕事に生きる、生活に生きるとは言い切れないけれど、そこで培ったものがまるで無駄にはならないだろう。
お互いの近況報告が終わったところで、話題は東京と地方の差について、に移行。 やはり、おいらと同じ感想を持っているようだ。 地方に比べ、東京は生き急ぎ、疲れ、殺伐としている。 それは新宿を歩いているおいらにも言えることだった。 何人かがぶつかってきて、何人かにぶつかった。 ぶつかったことそのものに対し謝っていたおいらはもういない。 ぶつかったことそのものも気にならないし、ぶつかった相手がどうあろうともうどうでも良かった。 やはりすさみ始めている。 ぶつかった相手すら確認しない。
『隣はだれが住む人ぞ』
まさにそんな感じだ。 東京に戻ってきたことで、おいらは病み始めてきた気がする。 というより、新宿とか、不特定多数の人が蠢く地に限りなのかもしれないけれど。 実際、まだおいらの住む地は都内でありながら、まだ隣近所の付き合いがある。 しかし、もっと都内に入ると、もう隣は誰が住んでいるかわからない。 恐ろしい魔都になってきた。 人間性の問題ではない、もっと別のものが都内に巨大な悪意として巣食っている。 そんな印象を受けた。
そして仕事の話。 今、沖縄にいる彼は、権利のみを主張する従業員に対し怒りを覚えているようだった。 仕事が終わってないのに、「時間なので帰ります」というのは、社会人としてどうか。 振られた仕事はたとえ労働時間がどうであってもこなすべきではないのか。 ふむ。 確かにその通りだ。 おいらが、前の職場でアホに対して思っていた怒りと同じ。 仕事が終わらず、忙しい、できないとほざくのは、給料泥棒の前兆。 与えられた仕事をこなして、それから文句を言え。 しかし、その一方で、経営者や、管理者の仕事の振り方が適切かどうか。 そこも問題になるのだと思った。 本人の能力を加味して、本人の能力を少々超える仕事を本人に振る。 そして、本人の能力の底上げを図る。 それは正解だ。社員教育の観点からも。 しかし、能力の数倍の作業を、期限だけを切ってぽんと渡し、後はわれ関せず、ではそれは上司としてだめだし、それ以上に組織として失敗だ。 それがたまにならばわかるが、恒常的になるのは、それは教育でもなんでもない。 労働力の搾取、という。 計画性なくそれ相応の給料を払わずに、ただ仕事だけを投げ渡し、仕事だからやれ、という上司が多いのも事実。 そこに話題はいたらなかったが、仕事の振り方にはそういう側面があるのも事実。 しかし、逆にそこに思い至る必要がなかった、と言うことは彼の職場は、幸せなのだろう、と感じた。 会社という組織が絶対。 そこにいればくいっぱぐれることはない。 今のよその職場は、もらえる給料が少なく、副業を持たなければやっていけない場合も数多くある。 メインの仕事をこなしているだけではやっていけないのだ。 だが、メインの仕事に労働時間を搾取されると、生活そのものが立ち行かない。 それゆえ、メインの仕事をある程度区切って、副業にいそしまなければならない場合も多い。 その可能性に対して言及しなかったということは、それを踏まえる必要がないということで、それはすごく幸せなこと。ちょうど、高度成長期にあり、企業にいれば絶対あんしん。その頃の話を髣髴とさせる。 いいところに就職したんだな、と改めて実感。一時期上司との関係がうまく行かずやめることも考えていた彼だが、今は戦う道を選び、そして生き残る。 いいことじゃ。
その後は、定例のカラオケ。 一時間で数十曲。 最初は全部謳うが、そのうち一番のみ。 一フレーズ。前奏のみ。 がんがんかっとされて数十曲。 いつものパターンだー(−−;
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