最近、職場の人たちが、微妙にすれ違っているのを感じる。 おいらが泊まりのときに来る、19歳の整備。 彼は、整備の先輩たちに殴られ蹴られ(当人は笑ってごまかし、先輩たちはかまっていると思っている)、だが、弱音ひとつ吐かずにがんばっている。 しかし、この前初めて本音を吐露した。 「もう、出社するのがつらい……」
そりゃそうだろう。 女に振られたのはいいが、誰がどう見てもクリスマスプレゼントの前借をされてその直後にふられる。計画的だ。 そして、それを慰めるわけでもなく、傷をえぐる人たち。
彼も良くないのだ。職場の連中に、えぐられて痛いほどのプライベートを暴露するから。 けれど、傷口をついばむカラスのように、よってたかって彼をいじめる様はやはりみていて痛ましい。 とりあえず、彼の愚痴を聞くことで、かれは平静を取り戻したが。その後、彼はがんばっている。
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管理職で入ったおいらの後輩。 これが次長とそりが合わない。 次長は、大声で傷つくような表現を用いて叱責はするが、それは実はまむちゃんと同じ。 愛があってしゃべっているわけだ。 ばばあ、とまむちゃんにいわれて怒る人がいないのは、その言葉に愛があるから。 次長の言葉も、ただ聞いているだけならひどい言われようだが、それでもその裏に立派になってほしいという愛が感じられる。 ところが、彼はその愛を感じることができない。 元々次長は、ほかのガス馬車御者にも嫌われている。 歯に衣着せぬ物言いが敵を作っているのだ。 けれど、冷静に考えてみて、悪くないことに対して彼はそれを言わない。 それを早く気づいてあげないと。 たまに本社に車で行く間、後輩とそんな話をする。 彼はそれを受け入れようとするが、頭では受け入れていても本能が受け入れられない。 それがわかりすぎるほどにわかるために、おいらとしては見ていて歯がゆい。
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職場全体が仲が良いのはいいことだ。 しかし、会社の飲み会でもないのに、中のいいメンバーでのみに行って、その話題で翌日盛り上がるのはやはりその飲み会に行っていないものとしては話についていってない分、置いてけぼりを食らった感は否めない。 もちろん、飲みに行くはとはいわないし、親交を深めているのは大いに結構。 しかし、そこでやはり壁ができてしまうのも事実。 おいらはともかくとして、後輩二人と、所長はそういった飲み会に参加できない。 それゆえか、少し距離が開いてしまっているように感じる。
おいらは、その場にいなくてもその雰囲気を察してあわせることができるので(卑怯といえば卑怯だが)あまりそういうところでいづらいという感覚はない。 けれど、普通の人にそれをやれというのはあまりに酷か。
大人数集まれば集まっただけ、いろいろな人種が集まる。 その人種をひとつの営業所で取りまとめるのだから、大変といえば大変。 東京のガス馬車会社だから、あんまりあほな人たちはいないけれど、あふれそうであふれない、大きなプレッシャーが営業所全体を覆いつつある。
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だからかもしれない。 今のおいらは仕事から帰ってきてくたくた。 時間は前の職場よりずっと短いのに。 ずっと疑問に思っていたが、今日、そのなぞが解けた気がした。
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