最近話題の高校生単位不足問題。 これ、最近の日本の縮図のような気がして。 確かに一番悪いのは高校。 けれど、高校にそれを要求した親や生徒もいるというし、大学で何を勉強したかより、大学名だけを就職試験にて重宝する企業も多いし、そういったニーズに答えなきゃいけない高校が、ルールにのっとってやってたら顧客である生徒そのものを失いかねないし。
ここで出てくる議論は、『ルールだからだめ』という議論があまりに不毛であるということ。 蕨駅の違法駐輪問題にもつながるんだけど、『ルールだからだめ』というルールが、あまりに機能的に欠損したルールだったり、現実にそぐわないルールだったり、時代的にそぐわないルールだったり、という場合、守るほうが困難な場合もある。 ガス馬車御者の法律にもあるんだけどさ。
生徒も、その親も教師もなんだけど、何のために勉強するのか、本当に考える時期に来ているのかもしれないね。 まあ、大半の人はいい大学いっていい企業に就職するため、という感じなんだろうけど。 でも、あるコメンテーターが言ってた話(都市伝説かもしれないが)で、東大理三に入った生徒が、生物を履修していなかったため、大学で高校生物の補修をやったとか。 法学部に入って、六法に出てくる漢字が読めないのと同じだ(^^;
学問ってのは、便宜上日本史だの世界史だの分かれているけど、基本的にはひとつの大きな事象に対しての切り口が違うだけの話。 そして、世の中で社会人としてやっていくためには、やはり一般教養としてすべて知っておかねばならない。それを知るのが社会人になってから、というのはまあ皮肉な話ではあるんだけども。 そういうことを学生である子供たちに諭すことのできない親ってあまりに情けなさ過ぎるよね。
そういうことすらわからないで、ただ、隣の子供がいい高校いい大学に入ったからといって焦り、子供にいい大学にはいるだけの教育しか授けようとせず、またそこしか価値判断としてみることのできない大人があまりに多いのは、なんつーか、行列好きな日本人に通じるところがあるね。 ゆずの実家のある企業住宅の住人はだいぶそういう人が多いというのは笑える。高学歴者の家ほどその兆候が見られるのは面白いと思うんだけど。 何をしているかわからないけれど、行列があるから並んでみた。 そんな感じ。 行列の先に、自分の知らぬ役得があったらもったいないから。 そして、その先には、結局は「自分は割は食いたくない」という考えが浸透してしまっているから。自分の子供には割を食わせたくない、という考えを持ってしまっているから。
環境問題にしたって、蔓延の仕方が「こういうことを注意しないと自分の生活が虐げられますよ」という言い方をしたってだめで、結局罰金とかにしないと動かない。 飲酒運転の件だって、罰金と飲酒運転をして浮かせられるお金とを天秤にかけて、安いほうを取っているだけ。 そこには美学なんかありゃしない。
最近、そんなのばっかりなのね。 おいらは、おいらだけは……そうならないように努力しよう。 そう思う日々。無理だと思うけど(−−;
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