新聞を読んで。 団塊の世代が退職するに当たって、教師不足が指摘される。 毎年2000人ずつ退職するのだとか。 一足先に迎えるガス馬車業界。 そこをどう乗り切るか、というのは今後人員不足を向かえる各業界の試金石となるだろうな。
-----------------
自主性の在る大学生の乏しさ。 企業はそれを求めているそうだが……。 それは、おいらも最近肌で感じる。 でも、今の大学生に限ったことじゃないんじゃ? 大学卒業したら一流企業に勤めて、定年まで勤め上げて後は年金で悠々自適。 おいらたちの親の世代は皆それをやってきている。 それでよかったし、それこそ王道だった。
おいらの親ですら、未だに社会人というのは、会社員として戦うこと以上に、生きるための戦いの最前線であるという意識はない。
今回の転職に当たっても、「今度はでかいところに行ったほうがいいぞ」とみな口を揃えて言う。 でかいところ、といったって、じゃあ、そのメリットは、ときかれると、おいらに言わせれば『労働力に余力がある』程度。 でも、今は大手のガス馬車会社ですら余力はそれほどはない。
自分のいるところは小さいけれど、大手ならば、というのは淡い期待に過ぎない。
何のために働いているのか、という意識の不足。 これは、大学生に限らず、今やめようとする社会人たちにも言えることじゃないのか。 大企業に属していればいいのか。 窓際族でも、いいのか。 寄生虫でもいいのか。
問題意識を持て、などというきれいごとを言うつもりはない。 会社というのは、自分が生活するための金を稼ぐ場であり、戦場だ。 見てると、異常な権利主張、噴飯物の労働内容、反吐が出そうな主義の主張。
権利を主張する前に。やりがいや意義を求める前に。 オタクらは何のために働きに来てるんだ? 食うために、食わせるために働く。 この大前提が、なぜか軽んじられる今日この頃。 仕事のあることの大事さがわかっている人が実は意外に少ないのには驚いた。 意義など、くうちからがある人の求めるもの。 ニートなんざ、それ以前の段階でしょうに。 仕事にやりがいがない、以前に、自分が自分の力で食えてないことをまず恥じるべき。
これも、認識の不足。 教育の本質の不足。 勉強ができたって、勉強する意味がわかってなきゃ。
もう、すでに今の60近い連中の発想から狂い始めてきている気がする。
|